2020年5月20日

南大原遺跡 2020年度整理情報(1)

【石器から鉄器へ】

南大原遺跡は、弥生時代中期後半から後期前半の集落跡です。 弥生時代は、鉄器や青銅器の金属器が日本列島に広まりました。長野県では、中期まで主体的だった石器が後期になると次第に金属器に移り変わっていきます。 整理作業では約150点の石器を確認しましたが、そのうち今回は、石器から金属器へ技術革新が起こった頃の石器を紹介します。

【砥石】

中期の竪穴建物跡から出土しました。中央部が研ぎ面に利用され滑らかになっています。鉄器用なのか磨製石器用なのか、今後、砥ぎ面の細かな観察で明らかになるかもしれません。

【打製石鏃】

中期と後期の竪穴建物跡(たてあなたてものあと)から出土しました。まだ縄文時代と同じように打ち欠いて作られた石鏃が使われています。 この時期には、基部中央が突き出ている有茎石鏃(ゆうけいせきぞく)が多く見られます。

【磨製石鏃】

出土した磨製石鏃4点の内、3点は後期前半の竪穴建物跡から出土したもの(写真左)です。全体を磨き上げ、基部中央に矢の柄に装着するための小さな穴があけられています。

【磨製石鏃未製品】

弥生時代後期前半の竪穴建物跡からは、磨製石鏃の未製品や素材の石片が出土しているので、建物内で石鏃を製作していたことも想定されます。

【磨製石斧(ませいせきふ)と石鎚(いしづち)】

中期の溝跡などから出土。 いずれも石材は深緑色をした非常に硬い輝緑岩(きりょくがん)です。石槌(写真左端)は磨製石斧の刃が折れたものを再利用した石器で、表面に何かを敲いた痕跡があります。

【刃器(じんき)】

弥生時代中期の竪穴建物跡から出土。 大きく割った石片の鋭利な縁をそのまま刃として使った石器です。刃の部分に光沢が見られることがあり、稲を刈るなどの道具であったためと考えられています。

カテゴリ:南大原遺跡

2020年5月20日

南大原遺跡 2020年度整理情報(2)

長野県立歴史館で開催中の「春季展2020年長野県の考古学」と、当センター展示室の南大原遺跡出土品を紹介します。県立歴史館では弥生時代中期のムラ、センター展示室では弥生時代後期のムラの様子を紹介しています。来場をお待ちしています。

【石から鉄へ―先進技術に挑んだ弥生時代のムラ】

弥生時代中期後半(約2,100年前)、南大原の弥生人は竪穴建物(たてあなたてもの)に暮らし、木棺墓(もっかんぼ)に葬られる人もいました。ムラの中心には柱を立てたと考えられる穴が環状に並んでいます。共同の儀礼の場なのかもしれません。縄文時代以来の石器を使う一方で、石鎚(いしづち)や砥石(といし)、台石(だいいし)を用いて、鉄器を加工していました。

【弥生時代中期の土器(歴史館春季展展示)】

現代と同じように用途に合わせて様々な形があります。煮炊用の甕と甕の蓋、貯蔵用の壺、盛付用の鉢などです。土器の形によって、表面の文様はおおむね決まっています。

【弥生時代中期の石器(歴史館春季展展示)】

小鉄片が出土し、鉄器加工を行ったと考えられる竪穴建物跡で出土した石器です。鉄器加工にかかわる道具と考えています。

【礫床木棺墓から出土した管玉(歴史館春季展展示)】

管玉(くだたま)は、写真右側の小さな礫床木棺墓(れきしょうもっかんぼ)から出土しました。ストロー状に紐を通す穴があけらた管玉は、硬い緑色の石で、北陸地方の玉作りを行った集落からもたらされた交易品の可能性があります。

【弥生時代中期の鉄製品(県立歴史館春季展に展示)】

弥生時代中期後半の竪穴建物跡から出土しました。 矢じりなどの武器なのか、木工具などの刃先なのか、用途は解明されていません。

【弥生時代後期の竪穴建物跡(埋文センター展示室)】

長さ5.9m、幅4.2mの隅丸(すみまる)長方形をした四本柱の建物跡です。 床の中央奥寄りに小さな炉跡があります。

【弥生時代後期の甕(埋文センター展示室)】

細い棒を束ねた施文具で、波状文や横引き文(簾状文)が付けられ、ボタンのような貼付文も見られます。この時期の北信地方で一般的な文様の甕です。

【弥生時代後期の磨製石鏃(埋文センター展示室)】

弥生時代後期の竪穴建物跡から出土しました。

カテゴリ:南大原遺跡

2020年4月27日

浅川扇状地遺跡群 2020年度整理情報(1)

2011年に始まった発掘調査も10年目となりました。今年度は、2018・2019年に調査を行った部分の整理作業を行い、来年度の報告書刊行に向けた作業を進めていきます。

【土器の復元】

割れ口が丸くなって、つきにくいものもありましたが、ばらばらに割れていた破片を接着して、元の形に復元します。

【土器の実測】

接着し、一部を石膏で補強した土器の実測をします。土器が作られた時の細かな調整の様子などの詳しい観察は、何年やっても難しいですが、図に記録していかねばなりません。

【応急的保存処理】

今年度も遺跡から出土した金属製品のクリーニング作業が始まりました。それぞれの製品について、大きさや現在の状態を記入したカードを作成してから、保存処理を行っていきます。

カテゴリ:浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)

2020年2月6日

南大原遺跡 2019年度調査情報(3)

 この度の台風19号の影響で被害に遭われた皆様方には心よりお見舞い申し上げます。

 

【今年度の発掘調査は終了しました】

 平成31年4月にスタートした発掘作業は令和2年1月末に終了しました。昨年10月の台風19号による千曲川の氾らんでは、調査現場がそっくり水没し、プレハブが流出してしまいましたが、多くの皆様のご支援とご協力によって復旧することができました。

  地元の皆様には、復旧作業中に温かいお言葉を掛けていただいたり、採れたてのブドウを差し入れていただいたりと、お心遣いいただきました。改めてお礼申し上げます。

【千曲川べりに営まれた2,000年前の集落】

 今回の調査では、弥生時代中期(約2,000年前)の集落跡を良好な状態で確認することができました。過去の調査成果を合わせると、集落の様子がよくわかります。 集落は大きく蛇行する千曲川沿いの自然堤防上に立地していました。同じころ、旧千曲川の対岸には栗林遺跡(県史跡)の集落がありました。

集落で一番高い場所に「環状土坑列(かんじょうどこうれつ)」があり、土坑列を取り囲むように竪穴建物跡(たてあなたてものあと)や墓域(ぼいき)、掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)が分布しています。集落の中心にある土坑列は共同の儀礼の場なのかもしれません。 

【「環状土坑列」とは?】

 調査区南東部から全国的に類例のない「環状土坑列」が2基みつかりました。直径が0.6~0.9mほどの大きな土坑(穴)が円弧状に並んでいて、配列は南北にずれて二つあります。土坑は長径18mもある、大きな環状に配列していたといえそうです。(人の立つ位置に土坑があります。) 

【柱を立てていた跡のある土坑(穴)】

 土坑の深さは0.1~0.6mと深浅あり、深いものには柱の痕跡がある例もあります。単なるトーテムポールのようなものなのか、建物なのか、その性格は今後の研究課題です。(赤い色の部分が柱を立てていたところです。)

【2,000年前の鉄器つくり】

 竪穴建物跡内から鉄製品・小鉄片や、砥石・台石といった加工具が出土しています。南大原遺跡の弥生集落では小規模な鉄器加工が行われていたと考えられます。2,000年前という、日本国内でも非常に早いころ、北信濃にはすでに鉄器加工技術が伝わっていたことを示す重要な発見です。

【竪穴建物跡から出土した1㎝ほどの小さな鉄片】

【一か所にまとまるお墓】

 お墓は集落の一か所にまとまっています。お墓の種類は二つあって、木製の板を組み合わせた木棺墓(もっかんぼ)が7基、木製板を組み合わせてから床一面に丸い石を敷き詰めた礫床木棺墓(れきしょうもっかんぼ)が5基みつかっています。

【並んで見つかった礫床木棺墓】

 右の墓から管玉(くだたま)20点がまとまって出土しました。

【墓などから出土した管玉】

 小さな礫床木棺墓からは石製首飾りの管玉が20点まとまって出土しました。

【次年度に向けて】

 今年度台風による千曲川の氾らんの影響等で調査を延期した部分で発掘作業を

 予定しています。引き続きご協力よろしくお願いします。

 

カテゴリ:南大原遺跡

2020年1月14日

石川条里遺跡 2019年度発掘調査情報(2)

平成31年4月に開始した今年度の発掘作業は、冠着山が雪化粧した12月をもちまして終了しました。

【雪を被った冠着山】

平成25年度から開始した坂城更埴バイパス改築に伴う塩崎遺跡群、石川条里遺跡、長谷鶴前遺跡群の発掘作業は、市道の一部を残して終了することになります。 長野市篠ノ井塩崎地区の皆様には、大変お世話になり、ありがとうございました。

今年度は、おもに平安時代とこれまでの発掘では明確ではなかった古墳時代の遺構・遺物がみつかりました。

【古墳時代の杭列と遺物集中】

県道長野上田線に近い調査区で、4条の杭列と遺物集中がみつかりました。杭列は、ほかの調査区で確認した古墳時代の大畦とほぼ同じ方向に延びており、土地を区画するためにつくられたものと思われます。杭列の一角に遺物が集中していました。

【杭列と横木】

4条ある杭列のなかで、もっとも東側の杭列には、杭列に沿って自然木が埋設されていました。杭列を保護する目的で設置されたと思われます。

【遺物集中での作業風景】

長辺約5m、短辺約3m、深さ約30cmを測る不整形な落ち込みがみつかりました(検出面からの計測値)。底面にこまかな凹凸があります。この落ち込み(SX002)からは多量の木材と土器が廃棄された状態で出土しました。木材は自然木が大半を占めていましたが、農具や建築部材と思われるものもみられました。

【遺物集中】

SX002からは供献(きょうけん)用の小型丸底(こがたまるぞこ)土器や高坏(たかつき)が出土しましたが、特に小型丸底土器の出土割合が多いことが特徴的でした。SX002の周辺で行われた非日常的な行為で用いられた土器が廃棄されたものと思われます。

【小型丸底土器出土状況】

【ミニチュア土器】

小形丸底土器を模した非常に小さいミニチュア土器も1点出土しました。土器の口径は約3cmで、土器の縁から底までは約5cmを測るものです。

カテゴリ:石川条里遺跡

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