2017年9月12日

下川原遺跡 平成29年度調査情報(1)

―下川原遺跡の発掘調査が始まりました。―
昨年に引き続き、天竜川下久堅地区築堤護岸工事に伴い、8月下旬から下川原遺跡の発掘調査を開始しました。 今年は、昨年縄文時代や古代の土器が出土した微高地の面的調査と、近世に埋没したとみられる水田の調査を継続して実施する計画です。 天竜川左岸の低位段丘から天竜川に向かって伸びる微高地上で、人びとがどんな営みをしていたか、どんな土地利用をしていたか、日々の発掘作業で明らかにしていきたいと考えています。 

【微高地の広がりを確認する】

重機を使って深い溝を掘り、昨年遺物が検出された微高地の広がりを確認していきます。 

【発掘作業開始式】

9月1日、11名のベテラン発掘作業員が集まりました。「下川原遺跡2年目の調査が始まります!」調査部長の声にも期待が込められています。

【天竜川べりの水田調査】

天竜川の洪水で埋もれた水田の調査のため、堆積した砂層と水田層を断面で確認し、調査する面を決定していきます。

カテゴリ:下川原遺跡

2017年8月4日

川原遺跡 平成29年度整理情報(2)

 ―川原遺跡の整理作業、奮闘中!―

川原遺跡の本格的な整理作業を開始して、早4か月が過ぎました。主に遺構図面の整理を行い、デジタルトレースも佳境に入っています。また遺物も、遺構ごとの大まかな様相を把握して、細かい分析に入るところです。 今月の後半からは、川原遺跡の下流に位置する下川原遺跡で、昨年度の続きの発掘作業も始まります!

【遺構のデジタルトレース進行中!】

遺構内の遺物出土状況図は、1点1点、土器や石器を確認しながらトレースしています。

【縄文時代晩期初頭の土器】

竪穴(たてあな)建物跡SB03から出土した土器は、口縁部に貼り付けられた刻みのある1条の隆帯の特徴から、約3,000年前の縄文時代晩期初頭のものとわかりました。

【松本平の縄文土器との比較】

7月14日(金)、川原遺跡と同時期の縄文土器が出土している松本市エリ穴遺跡へ資料調査に行ってきました。幅の広い口縁部の文様が省略されていく変遷がわかる資料で、川原遺跡から出土した晩期初頭の土器もその中に位置づけることができました。

【石器の観察】

川原遺跡からは多くの石器および剝片(はくへん:石器製作時に出た石のかけら)が出土しています。石器を作っていた可能性もあり、遺構ごとに出土した石を観察しました。

カテゴリ:川原遺跡

2017年4月27日

川原遺跡 平成29年度整理情報(1)

―川原遺跡の整理作業を開始しました―
昨年発掘が終了した飯田市川原遺跡の本格的な整理作業を開始しました。発掘現場で測量してきた遺構の図面を編集したり、竪穴(たてあな)建物跡等から取り上げてきた土器や石器を分類、観察して、発掘調査報告書を作る準備をしていきます。

【竪穴建物跡の平面図編集】

遺跡で記録した竪穴建物跡の平面図と断面図を照合して、報告書に載せる図面のもとを作っていきます。

【柱穴の断面図編集】

基準の位置を確認して標高値をそろえて、柱穴の断面図を清書していきます。

【遺物台帳の確認】

遺物の分類、観察をする前に、遺跡で記録したデータと実際の遺物との照合を行います。

【縄文土器の接合作業開始!】

取り上げてきた縄文土器のかけらをパズルをするようにくっつけて、できるだけもとの形に近づけます。さあ開始!!

カテゴリ:川原遺跡

2017年4月24日

ー「龍源寺跡」報告書刊行しましたー

書名:龍源寺跡
副書名:社会資本整備総合交付金(道路)事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
    (国)256号飯田市上久堅拡幅(1)
シリーズ番号:114
刊行:2017年3月

  龍源寺跡は伊那谷の天竜川左岸(竜東)の山間地にあります。遺跡が立地する段丘の先端にある谷状地形内を調査した結果、谷状地形を改変して造り出した平場から「方三間(ほうさんげん)の仏堂(ぶつどう)」の可能性が高い礎石建物跡や井戸跡、溝跡などの中世遺構がみつかりました。遺跡の南側には、この地を治めた国人(こくじん)領主である知久(ちく)氏の本城(神之峯(かんのみね)城城跡)があり、飯喬(いいたか)道路建設に伴う神之峯中腹遺跡の発掘では堂宇(どうう)と推測される礎石建物跡が発見されています。神之峯城城跡の周囲には宗教施設が点在していたと推測され、飯田市上久堅(かみひさかた)地区の地域史を明らかにする上で、重要な資料となりました。

【龍源寺跡 遠景(北西から)】

谷状地形内には、平場が造成されていました。写真左下に玉川が流れています。

【谷状地形での調査風景】

谷奥側から玉川側を臨んでいます。三方を尾根に囲まれた中で調査しています。写真中央に礎石建物跡があります。

【3間×3間の礎石建物跡】

写真は建物跡に伴う礎石と礎石推定箇所に模擬柱を立てたものです。建物跡の平面形状は方形で、写真の撮影方向に入り口が存在したと推測されます。

【礎石建物跡造成の様子】

礎石建物跡を構築する際に、黒褐色土と褐色土を交互に埋め立てて造成されています。

【礫石経(れきせききょう)の代用品】

礎石建物跡の検出時に、礎石に囲まれたなかから扁平な礫が45個出土しました。写真はその一部です。礫にはお経が書かれていませんが、礫石経(一字一石経)の代用品と考えています。これらは、地鎮具(じちんぐ)として使われたと推測しています。

カテゴリ:龍源寺跡

2016年9月16日

川原遺跡・下川原遺跡 平成28年度調査情報(1)

天竜川下久堅(しもひさかた)地区築堤護岸工事に伴って、今年度から発掘調査が始まりました。川原遺跡は、天竜川左岸の段丘上にあり、標高382m、天竜川との高低差4mの低位に立地します。飯田市教育委員会による今までの調査では、縄文時代後期から中世の住居跡などが見つかっています。


【南側からの遺跡遠景】

天竜川左岸の低位段丘に遺跡は立地しています。(写真手前が下流)

【開始式のようす】

9月1日から、作業員さん12名、職員3名で始まりました。残暑厳しい時期からの調査となりました。熱中症に留意し、安全第一で作業を進めたいと思います。

【トレンチによる調査】

川原遺跡、下川原遺跡の両遺跡で、重機によりトレンチ(長方形の溝)を掘りました。その結果、砂とシルト層の堆積が確認され、昭和36年災害と昭和58年台風10号による氾濫の砂を深くかぶっている場所と考えています。

 

【トレンチ調査のようす②】

地表から40㎝ほどで、縄文時代中~後期(約3500年前)の土器片などが出土しました。(ビニール袋に入っています。)一定の範囲にまとまっていますので、住居跡などの可能性があります。

【出土した縄文時代中期の土器】

トレンチを掘り下げていくと、深鉢形の土器の大型破片が顔を出しました。このほか、横刃型(よこばがた)石器なども出土しています。

縄文時代のムラの跡の一端をとらえたと考えています。

カテゴリ:下川原遺跡

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