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小山寺窪遺跡

ふりがな
こやまてらくぼいせき 
住所
佐久穂町大字高野町  マップ
立地
八ヶ岳東麓、千曲川支流の北沢川右岸段丘上 
事業名
中部横断自動車道建設 
調査期間
平成20-23年 
時代
縄文・古代・中世 
遺跡の種類
集落跡 
備考
 

2009年10月9日

小山寺窪遺跡(4)~最新遺跡情報

  遺跡の北側からは南北にのびる溝が2本(SD07・08)みつかりました。溝SD07は幅3~4m、深さ1m以上もあり、さらに北側まで続くことがわかっていて、長さは約100mあります。溝の底からは平安時代の土師器(はじき)、灰釉陶器(かいゆうとうき)などが出土しているので、その時期には溝が埋まりはじめたようです。

  溝SD08は幅、深さとも約1mで、長さ80mほどが現在検出されています。溝SD07にほぼ平行していることや断面の形がよく似ていることから、2本の溝は、同時期にあったものと考えています。

溝SD08の断面形は先端が少し突出するV字形をしています。溝跡を覆っている土の中には、水が流れたような痕跡がまったくなく、どこかへ給水するための水路とは考えにくいようです。今後、溝の用途について、十分検討する必要があります。

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2009年8月26日

小山寺窪遺跡(3)~最新遺跡情報

遺跡の一番南側の地区からは掘立柱建物跡がみつかりました。柱穴がみつかった場所に人に立ってもらいました。これは東西3間、南北2間の12本の柱をもつ建物跡です。

これは東西1間、南北2間の6本の柱をもつ建物跡です。周辺の小さい穴から室町時代から戦国時代頃の土師質土器(はじしつどき)が出ていることから、中世の建物跡ではないかと考えられます。

8月6日(木)に佐久市立田口小学校5年生有志6名が体験発掘を行いました。なにかいいものが出るかな?

早速、溝の中から平安時代の土器が出てきました。また少し離れた場所の土器がくっつきました。こうしたことはなかなかないだけに、調査研究員もびっくり!

体験発掘の後は、掘り出した土器をみんなで洗ってみました。強すぎず弱すぎず、適当な力で土器を洗うのは意外と難しかったかな。洗っているうちに土器の模様が出てきたのには、ちょっと感激でした。

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2009年7月13日

小山寺窪遺跡(2)~最新情報

平安時代(10世紀頃)の人々が暮らしていた竪穴住居跡です。一辺4mの方形で、北壁中央に煮炊きのためのカマドがあります。

本年度調査範囲のうち、最も南の地点です。中央の小穴群(白線で囲まれた土の色のやや濃い丸い部分)は方形に結ぶことができるので、掘立柱建物の柱穴跡と思われます。まだ掘り下げていないので、正確な時期は不明ですが、ピットを覆っている土質からみて、古代または中世ではないかと思われます。

洪水によって堆積した砂が広がっていたので、その下に昨年度と同様に水田跡が見つかるのではと期待されました。

砂を掘り下げてみましたが、残念ながら砂の下に水田跡はありませんでした。

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2009年6月24日

小山寺窪遺跡(1)~遺跡紹介

古代から中世にかけての竪穴住居跡や溝、柱穴がみつかっています。遺跡の右側にある斜めの屋根が、佐久西小学校の体育館です。古代から中世にかけての竪穴住居跡や溝、柱穴がみつかっています。遺跡の右側にある斜めの屋根が、佐久西小学校の体育館です。

埋設されていた鉄管昭和30年に佐久西小学校へ向けて引いた水道管(鉄管)が検出されました。今は使われていませんが、おいしい水を子供たちに飲ませたいという地域の人たちの苦労がうかがえます。

小山SB07検出状況新たに竪穴住居跡がみつかりました。これからの調査が楽しみです。

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