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2020年11月13日

中野市博のお散歩講座(出前講座)

出前講座「中野市博のお散歩講座」:自ら歩き考える、令和版「草鞋(わらじ)史学」

 

 

 11月8日(日)に中野市立博物館による野外イベント「学芸員お散歩講座弥生時代の歴史見て歩き~栗林遺跡と南大原遺跡~」に講師としてお招きいただきました。栗林遺跡から南大原遺跡までの約1キロをのんびり2時間かけて歩きました。参加した皆さんは18名。講師や市博学芸員の遺跡にまつわる話に耳を傾けつつ、暖かい陽光の下、2千年前の弥生時代に思いを馳せた秋の一日となりました。



【こんなところに県史跡標柱があった】

 千曲川沿いに入ると、果樹畑が広がります。その農道脇に「県史跡 栗林遺跡」の立派な標柱が立っています。「畑の下1mには北信濃を代表する弥生時代の集落遺跡「栗林遺跡」が大切に守られています。」という話しに、皆さんからは「へえー、知らなかった」という声も聞かれました。

 さあ、遺跡の中を歩いてみましょう。

 



【歩いてわかった地形の変化】

 用水を越え、農道を進みます。赤く色づいたリンゴを目で味わっていると、

「さあ、今来た道を振り返ってみましょう」「あれっ、用水より少し高くなっている」

「弥生集落は千曲川に運ばれた土砂がたまってできた、水はけのよい高台(自然堤防)にあります。」

 歩いてみないと分からない微地形を体感できました。

 



【千曲川堤防から南大原遺跡を遠望する】

 栗林遺跡を抜けて、千曲川の堤防上にやってきました。千曲川が今の場所を流れるようになったのはおよそ150年前のことです。洪水に悩まされた地域の人々が協力して、蛇行していた千曲川を真っすぐにする“瀬直し”が行われました。「今皆さんが立っている堤防の真下が弥生時代の千曲川なんです。」「えー。」驚きの連続です。



【弥生時代の中野市、ここがすごい!】

 「千曲川の両岸が広く開けているこの一帯は、北陸地方とシナノを結ぶ重要なルート上にあたり、山を越え川に沿って行き交う人たちが荷降ろしできる “川の港”だったと考えられます。」

 「弥生時代の中野市は、柳沢遺跡の青銅器埋納坑に象徴されるように広域流通の要(かなめ)でした。南大原遺跡でも、こうした地の利を活かし、いち早く最新の文化や技術を手に入れていたようで、当時の先端技術である、鉄器作りの証拠がみつかっています。」とまとめました。

 「当時の道はどんなつくりだったのか」「川を渡る方法は?舟はあったのか?」参加された皆さんからもたくさんの意見や疑問が飛び出しました。

カテゴリ:行事案内・お知らせ

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