Research調査情報

2026年10月5日

飯田市 正泉寺遺跡 2026年度発掘調査情報(3)

【8月・9月の調査】

 本年度の発掘調査も折り返しを迎えました。梅雨明け以降、熱中症警戒アラートが発令される日が増えましたが、休憩時間を長めにとったり、屋内で遺物洗浄を行ったりすることで暑さを凌いでいます。9月からは3名のインターン生が参加し、一緒に遺構の調査を行っています。

遺物洗浄の様子

 

【6区の調査が終了しました】

 6区の発掘調査は8月をもって終了しました。6区の上面では古墳時代から奈良・平安時代の竪穴建物跡、土坑がみつかりました。下面では、弥生時代中期~後期の流路跡や、縄文時代中期後半の竪穴建物跡8軒、土坑65基がみつかりました。縄文時代の遺構は、正泉寺遺跡では初めての発見となります。

 流路跡の埋土中からは、弥生土器の甕、壺、打製石斧、磨製石斧などの遺物が多量に出土しました。竪穴建物跡(SB201)からは縄文土器の破片が多く出土し、中央部には炉跡が設置されていました。 また、SB201の北側に位置する土坑(SK574)からは、縄文時代の深鉢が出土しました。

竪穴建物跡(SB201)

SB201の炉跡

SK574の深鉢

 

【9区の調査のようす】

 7月から始まった9区の調査では、古代の竪穴建物跡がみつかっており、カマドを伴う建物跡も確認しています。

 昨年度調査した7区と同様に、遺構が著しく重なっていると考えられます。引き続き検出作業を行いつつ、遺構の調査を行っていきます。

9区の調査風景

 

【現地説明会を行いました】

 8月22日(土)に現地説明会を行いました。厳しい暑さの中にも関わらず、55名の方に参加していただきました。

 当日は6区と9区で調査している遺構の説明を行い、また本年度の調査で出土した遺物(縄文時代から奈良・平安時代)を展示しました。参加者の方からは「遺構が切りあう(重なっている)とは、どのような状態なのか」、「弥生時代のこの地に人々はいたのか」などの質問が寄せられ、遺跡に高い関心を持たれていることを実感しました。

遺構説明の様子

遺物展示の様子

 

正泉寺遺跡発掘だより2026年度第3号(PDF:909KB)

南信,正泉寺遺跡,調査情報

2026年9月29日

松本市 南栗遺跡 2026年度発掘調査情報(2)

 4月に始まった発掘調査も後半戦に入りました。今年度の発掘調査で発見した竪穴建物跡は約50軒を数え、松本盆地最大級といえる古代集落範囲がさらに広がることが判明しました。

 今年度の発掘調査は12月上旬までと予定しております。発掘の見学を希望される方は事前にご連絡ください。皆様のご理解とご協力をお願いします。

 

【1 現地説明会を開催しました】

 9月5日(土)に現地説明会を開催しました。地元の皆様を中心に181名ご来場いただきました。誠にありがとうございました。

 本号では、現地説明会当日に多くの方が注目された部分を抜粋してご紹介します。

 

【2 発掘調査の成果について】

 今年度は調査の中心が長野自動車道西側の和田地籍(6区)に移りましたが竪穴建物跡は途切れることなく分布することがわかりました。6区では1辺が9mもある大型竪穴建物跡も発見されました。平安時代前期(9世紀後半頃)の建物と考えられます(写真上)。通常の竪穴建物跡とは異なり壁の周囲に礎石を並べ、土器も大量に出土しました(写真下)。このような建物跡は鎖川の対岸の下神遺跡ほかで確認されており、9世紀代のほぼ同じ時期に登場します。このころ地域の有力者が周囲の人々をまとめて新しいムラを作り、開発を進めていたと考えられます。

礎石を有する大型竪穴建物跡

散乱する大量の土器

 

【3 希少な出土遺物】

 今年度上半期の調査では希少な発見が相次ぎ、発掘調査に関わる職員も驚きの連続でした。

 

①銅製鈴(6038号竪穴建物跡)

 銅でつくられた鈴です。現在は音が鳴りませんが内部に付着している錆びの塊が、鳴子(丸)であった可能性があります。

 

②花瓶(6038号竪穴建物跡)

 仏具の金属製花瓶を模したと考えられる灰釉陶器です。全体形が漢字の「亜」の字に似ているため「亜字形花瓶」と呼ばれますが、本資料は脚部を欠損しています。

 

③鞴の羽口(6031号竪穴建物跡)

 鍛冶炉に空気を送り込むための筒です。先端部が高熱で溶けてガラス化しています。集落内で鍛冶が行われていた証拠です。

 

④取鍋(6031号竪穴建物跡)

 坩堝内で溶解した金属を受け取る容器です。付着物の色調から青銅の溶湯を流した可能性があります。

 

⑤穀物を入れた土器(6045号竪穴建物跡)

 平安時代の竪穴建物跡を調査したところ、破壊されたカマドの中から合わせ口の土器が出土しました(写真上)。蓋になる土器を外すと中には大きさが7㎝程の平らな石が入れられていて、石の下から炭化した穀物がみつかりました(写真下)。

 カマドは壊された状態で発見される例が多く、竪穴建物を廃棄する際に火を扱うカマドを壊す何らかの祭祀行為があったようです。

破壊されたカマドから出土した土器


土器の中から炭化した穀物が出土

 

南栗遺跡発掘だより2026年度第2号(PDF:930KB)

中信,南栗遺跡,調査情報

2026年9月29日

長野市 川田条里遺跡 2026年度発掘調査情報(4)

【古代水田面の調査を実施中!!】

 認定こども園川田(旧川田保育園)すぐ東のT10調査区で、奈良時代頃と考えられる古代水田面の調査を実施しています。調査の結果、不整形な水田畦畔の痕跡が確認されました。今後の精査により、水田の年代や畦畔の構造などを明らかにしていく予定です。

 また、この遺構面では、水田を掘り込む小穴群や溝、竪穴状遺構などが確認されています。上層の鎌倉時代中頃の面では確認されずに、奈良時代頃の水田を掘り込んでいることから、これらの遺構は平安時代から鎌倉時代初め頃のものであると考えられます。特に小穴群は一定間隔で方形や直線に並んでおり、掘立柱建物の柱痕や柵列痕である可能性があります。

奈良時代頃と考えられる水田畦畔(T10調査区 白線が畦畔ライン)

 

 

平安時代から鎌倉時代初め頃の掘立柱建物跡あるいは柵列(T10調査区)

 

【礫集中遺構から木製の祭祀具が出土!!】

 T10調査区の古代水田面を切り込む溝状の遺構の内部で礫が集中する状況が確認されました。礫は平らな面を上に向けてそろえて検出されており、遺構内に敷き並べられていた可能性があります。遺構からは土器や陶磁器等とともに木製品が出土しています。木製品は曲物や板材等の他、実用品とは考えられない刀などのミニチュア品のようなものも見られます。これらのミニチュア品は「祓い」などのおまじないに使用された祭祀具と考えられます。似たように礫を敷いた祭祀遺構が千曲市屋代遺跡群上信越自動車道地点の調査時に、飛鳥時代から奈良時代の面で確認されています。今後も当遺構の性格について検討を行っていく予定です。

礫集中遺構(T10調査区 東から)

 

礫集中遺構で確認された木製祭祀具(刀形?)

 

【これからの調査の予定】

 T10調査区の調査と並行して、さらに北側のT8調査区の調査を行っています。現在は中世面の調査を行っており、小穴数基と中世以降の水田痕(畦畔痕、足跡、稲株痕?)が確認されています。

 北側に向けて遺構数が少なくなり、調査区内で中世の遺構分布は途切れるものと考えられます。

 今後の調査の進捗については、次回の発掘だよりでお知らせいたします。

T8調査区 調査風景

 

川田条里遺跡発掘だより2026年度第4号(PDF:1.16MB)

 

北信,川田条里遺跡,調査情報

2026年8月28日

長野市 川田条里遺跡 2026年度発掘調査情報(3)

【鎌倉時代の大きな工作遺構を発見!】

 認定こども園川田(旧川田保育園)すぐ東のT10調査区で、南北11m×東西5mの方形に地面を掘り込んでつくられた鎌倉時代の竪穴状遺構(7号竪穴)が確認されました。

 西側の壁際に炉と思われる焼けた部分が二つあり、鉄滓(鍛冶の際に出る鉄くず)や砥石が出土していることから、鍛冶作業などの工作活動が行われていた場所と考えられます。

 認定こども園川田建設時の発掘調査でも、室町時代の工作遺構がみつかっており、川田氏館跡があったとされるこの周辺では、長く工作活動が行われていた様子がみえてきました。

 

上:工作遺構と考えられる7号竪穴状遺構(真上から撮影上が西)

左下:認定こども園川田東隣のT10調査区鎌倉時代遺構全景(東から撮影)

右下:工作遺構からみつかった炉の跡(炉1)

 

 

【発掘調査の現地公開を開催二日間で111名もの参加者!】

 7月1日・2日に、T10調査区の発掘作業現地公開を実施し、二日間合計で111名もの方にご来跡いただきました。誠にありがとうございました。

 現地公開では、鎌倉時代の建物跡や工作遺構を実際に発掘調査している様子や、遺跡から出土した鎌倉時代から室町時代の出土品などをご覧いただきました。川田地域の歴史について考えていただく貴重な機会となったとすれば幸いです。

現地公開の様子(T10調査区)

 

【これからの調査の予定】

T9調査区調査着手風景

 

 今回の調査範囲で最も北に位置するT8・T9調査区の調査を開始しました。

 川田氏館跡に関連すると考えられる中世遺構の南限と東限が現在までの調査でみつかっており、北限がみつかれば、その広がりをとらえることができます。果たして調査の結果はどうなるでしょうか。

 

川田条里遺跡発掘だより2026年度第3号(PDF:958KB)

北信,川田条里遺跡,調査情報

2026年7月28日

中野市 南大原遺跡 2026年度発掘調査情報(2)

【南大原地区で弥生時代後期(約1,800年前)の合わせ甕が出土しました】

 南大原地区では、重機による表土の掘削を終え、現在作業員による遺構の検出や掘り下げを進めています。これまでのところ、弥生時代中期(約2,000年前)と後期(約1,800年前)の集落の一部がみつかっています。今回は、2か所で全容がわかる形でみつかった弥生時代後期の土器を紹介します。一つは、穴の中に高さ約22㎝の甕(煮炊き用の容器)を横倒しにし、別の甕(高さ約20㎝)を合わせ口にして入れ込んでいます。甕の一部は割れてしまっていましたがほぼ完全な状態です。いずれの土器にも表面に波状の文様がつけられています。また、実際に調理に使っていたようで、表面にはススがついていました。

 

【壺も重なった状態で出土しました】

 もう一つは、穴の中に壺(貯蔵用の容器)を斜めにすえ、その上に別の壺の底部をかぶせています。壺の大きさは残っている部分で上部が高さ約16㎝、下部が高さ約36㎝です。

 通常、遺跡からみつかる土器は壊れて捨てられた破片の状態であることが多いのですが、この二つはほぼ完全な状態でみつかっています。このことから、弥生時代に埋められた土器と考えられ、墓などの用途が想像できます。今後は土器の中の土壌などを調べて、その実態に迫っていきたいと思います。

 

【南大原地区で過去に調査した環状土坑列の続きを確認しました】

 南大原地区では、第5次調査(2019・2020年)で、弥生時代中期後半から後期の祭祀場と想定される環状土坑列がみつかっています。今回はここに隣接する北東側を調査しています。環状の続きとなる土坑列が検出されました。また、それとは別の3つ目の列が新たにみつかりました。

 

【鍋久保地区で畑跡が発見されました】

 鍋久保地区の調査区南側では、南北約20m×東西約150mの範囲から黒褐色土と黄褐色土の帯がいく筋も連続した状況でみつかりました。黒褐色土の帯は作物を植えるため盛り上げた畝で、黄褐色土の帯は畝を作るために掘りくぼめられた畝間です。畑跡は、洪水等の砂にパックされた状態でみつかっています。

畑跡の完掘 南西から (人のいるところが畝間)

 

畑跡の断面

 

南大原遺跡発掘だより2026年度第2号(PDF:963KB)

北信,南大原遺跡,調査情報

2026年7月28日

飯田市 正泉寺遺跡 2026年度発掘調査情報(2)

【6月・7月の調査】

 4月末の開始から3ヶ月がたちました。厳しい暑さの中、熱中症に注意しながら、6区・9区の調査を行っています。6区は調査の終盤を迎え、9区は遺構の検出や精査を開始したところです。

正泉寺遺跡 R8年度調査区(南西より)

 

【6区の調査のようす】

 竪穴建物跡が30軒、土坑が130基、溝跡が1条みつかっています。昨年度調査した7区は奈良・平安時代の竪穴建物跡が中心で、本年度調査区の6区は古墳時代から奈良時代の建物跡が中心にみつかっています。またこれらの遺構の下には縄文土器や弥生土器を含む地層がみつかっており、縄文時代・弥生時代の遺構の発見が期待されます。

竪穴建物跡(SB157)出土の遺物

 カマドの周囲から、須恵器の坏と蓋がまとまって出土しました。ほぼ完全な形で残っていたものも含めて、50点ほどみつかっています。

 

【9区の調査のようす】

 

 9区では、遺構を確認する検出作業と遺構の調査を行っています。検出時にすでに大量の土器がみつかっているため、6区・7区と同様に多数の遺構の存在が予想されます。

現地説明会を開催します!

日時:8月22日(土) 10時00分受付開始 10時30分説明開始

場所:正泉寺遺跡(飯田市座光寺4107-1)

詳細は別途お知らせいたします。ご来場お待ちしております!

 

正泉寺遺跡発掘だより2026年度第2号(PDF:1.12MB)

南信,正泉寺遺跡,調査情報

2026年7月24日

松本市 安塚古墳群 2026年度発掘調査情報(2)

【新たに2基の古墳を発見しました!】

 4月から始まった発掘調査で、用地内北側の地区から新たに2基の古墳(第17・18号古墳)が確認されました。なお、第16号古墳は、昨年度の発掘調査で中世(16世紀)の礎石建物跡であることが判明したため、現在、道路用地内では第12~15号古墳、第17号古墳、第18号古墳の計6基の古墳が確認されています。
 第17号古墳は、表土を取り除く作業中に石室の奥壁とみられる石材が現れたことから発見されました。掘削範囲を広げて調査を進めると、石室は約6.0m×1.5mで、現在調査中の第12号古墳とほぼ同じ規模をもつ、安塚古墳群の中でも比較的大きな横穴式石室であることが分かりました。
 第18号古墳は、表土掘削中に耕作土の中から扁平川原石がみつかりました。石室に使われる石によく似ていたことから慎重に掘り進めたところ、規則的に並ぶ石が現れ、新たな古墳を確認しました。耕作土からみつかった石は、石室の一部であった可能性があります。
 今回みつかった2基の古墳は、今年度中に発掘調査を行う予定です。どんなことが分かるのか、今後の調査をお楽しみに!

用地内遺跡範囲と古墳発見地点

(太線:道路建設範囲  ……:遺跡範囲  ★:古墳発見地点)

 

第17号古墳

北側に奥壁とみられる石が2個あり、石室は南側に向かって開くつくりと考えられます。

 

第18号古墳

石室の一部が道路用地の外へ続いているため、全体像を確認することはできませんが、用地内に残る部分から多くの情報が得られることを期待しています。

 

 

【発掘!第12号古墳】

 第12号古墳は、令和3年度に松本市教育委員会が行った試掘調査でみつかった古墳です。今年度は、この古墳の発掘調査を進めています。
 石室は長さ約5.8m、幅約1.4mの横穴式石室で、安塚古墳群の中でも比較的大きな規模です。北側には2つの石を組み合わせた奥壁があり、その両側を側壁が挟み込む特徴的なつくりとなっています。また、東西の側壁にはそれぞれ立柱石(石室を区切る立てた石)が設けられ、石室を2つの空間に区切るつくりであることが分かりました。墳丘(古墳の盛り土)は後世の開発によって失われていますが、石室の東側では周溝(古墳の周りを囲む溝)を確認しました。
 石室内からは、7世紀末から8世紀前半頃の須恵器がまとまってみつかりました。第12号墳古墳はこの頃に築かれた可能性が高いと考えられます。

石室内の調査が進む第12号古墳(南東から撮影)

 

第12号古墳からみつかった遺物(撮影方向不同)

食べ物を盛る器と蓋(須恵器坏・坏蓋)

 


高台の付く坏

 


注ぎ口の付いた壺(はそう)

 


坏蓋

 

 

安塚古墳群発掘だより2026年度第2号(PDF:1.22MB)

中信,安塚古墳群,調査情報

2026年6月29日

松本市 安塚古墳群 2026年度発掘調査情報(1)

【今年も安塚古墳群の発掘調査がはじまりました】

 安塚古墳群の発掘調査は一般国道158号(松本波田道路)改築に伴い、令和5(2023)年度から実施しています。本年度も4月中旬から発掘調査を開始し、11月下旬まで調査を行う予定です。

 今年度の調査では、令和3(2021)年度の松本市教育委員会による試掘調査でみつかった第12号古墳と、令和5(2023)年度に長野県埋蔵文化財センターが行った確認調査でみつかった第14号古墳の発掘調査を行います。また、主に事業用地の東側では確認調査を進め、安塚古墳群の広がりを明らかにしていきます。

 調査の期間中は、大型重機や作業車両の出入りがありますので、付近を通行される際はご注意ください。また、調査区域内には危険な場所もありますので、許可のない立ち入りはご遠慮ください。

 皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

安塚古墳群発掘調査区(西から撮影)

 

【安塚古墳群 発見と調査の歩み】

 安塚古墳群は、松本市新村・和田地区に分布する7~8世紀の古墳群です。

 昭和53(1978)年、県営圃場整備事業では古墳の発見が予想されたことから、新村歴史研究会が工事に立ち会い、第1~3号古墳を発見・調査しました。その後、松本市教育委員会による発掘調査が行われ、第4~9号古墳が確認されました。令和3(2021)年度には、一般国道158号(松本波田道路)の改築に伴い、松本市教育委員会が試掘調査を実施した結果、新たな古墳がみつかり、安塚古墳群の遺跡範囲が、これまで考えられていた範囲よりも南東側の松本波田道路用地内にも広がることが分かりました。

 これを受けて、現在長野県埋蔵文化財センターが発掘調査を進めており、昨年度までに道路用地内で5基の古墳(第12~16号墳)が確認されています。さらに、今年度の調査では、新たに2基の古墳を確認しました。

 その内容については、次号で詳しくご紹介します。

安塚古墳群の遺跡範囲(黄色塗り)

(松本市 文化財課からの提供図に加筆。赤色数字:古墳の番号)

 

安塚古墳群発掘だより2026年度第1号(PDF:729KB)

中信,安塚古墳群,調査情報

2026年6月29日

長野市 川田条里遺跡 2026年度発掘調査情報(2)

【室町時代の遺構を発見】

 認定こども園川田の東側に隣接するT10調査区の発掘調査を行っています。これまでの調査では、室町時代と推定される150基を超える土坑や、溝跡などが検出されています。これらの遺構やその周辺からは、土器や陶器、磁器などとともに、鉄滓(鍛冶を行う際にでる鉄くず)やふいご羽口(鍛冶炉へ空気を送り込むための土製送風管)、るつぼ(鋳造を行う際に溶けた金属を入れる容器)などといった鍛冶に関連する遺物が出土しています。過去に認定こども園川田のある場所で実施された発掘調査の際にもこれらの遺物が出土しており、調査地周辺に川田氏館跡に関わる工作空間が存在したものと考えられます。

発掘調査の様子(東から撮影奥の建物は認定こども園川田)

 

【時代を示す遺物】

 土器などの遺物は、作り方や素材などに一定の決まりがあり、それを観察することによって、つくられた時代や地域などを推測することができます。発掘調査の際に建物跡や溝跡などを「〇〇時代のもの」と推定することができるのも、出土した遺物などから時代を推測しているからです。ここでは、今回の調査の年代推定につながった、室町時代の遺跡に出土する遺物をご紹介します。

 

内耳鍋

 囲炉裏等の上に吊り下げるために、土器の内側に取手(耳)を有する土器です。現在の鍋のように煮炊きに使用されました。室町時代頃から見られるようになります。

内耳鍋出土状況(赤矢印)

内耳鍋完形イメージ図

 

かわらけ(ろくろ成形)

 かわらけは小形の皿や埦形の土器で、宴会等の場で使用されたと考えられています。

 鎌倉時代頃から見られますが、時代ごとに作り方が異なり、鎌倉時代には「手づくね」で作られていたものが、室町時代頃からは「ろくろ」で作られるようになります。

かわらけ出土状況(赤矢印)

 

かわらけ(ろくろ成形)

 

【現場公開を実施します】

 現在、T10調査区2次面の調査を行っています。地元の皆さんにはすでに回覧いたしましたが、7月1日(水)と2日(木)の両日、午前10時から11時30分まで発掘調査現場の公開を行います。ここで紹介した遺物の展示も行いますので、ぜひお越しください。

 

川田条里遺跡発掘だより2026年度第2号(PDF:1.11MB)

北信,川田条里遺跡,調査情報

2026年6月26日

飯田市 薮越遺跡 2026年度発掘調査情報(1)

【令和8年度の調査が始まりました】

 長野県埋蔵文化財センターでは、昨年度に引き続き、薮越遺跡の記録保存を目的とした発掘調査を実施しています。本遺跡は天竜川右岸の低位段丘に立地し、その支流である栗沢川の左岸に広がっています。

 昨年度は6月から12月中旬にかけて調査を行い、古墳時代から奈良・平安時代にかけての竪穴建物跡の土坑(穴)、溝跡のなどの遺構をはじめ、土器や石器などの遺物が出土しました。なかでも「礎石」を伴う竪穴建物跡(SB20)の検出は、大きな注目を集めています。

 今年度の調査は4月中旬にスタートし、10月末まで行う予定です。現在は昨年度に引き続き、2区の第2面(古代)および第3面(弥生時代)の調査に取り組んでいます。

南上空からみた薮越遺跡調査区

 

【「礎石」を伴う竪穴建物跡(SB20)の調査】

 建物跡からは、土師器・須恵器などの遺物が出土していて、そこから奈良・平安時代の建物跡であると推考できます。

 礎石を伴う竪穴建物跡は、現在、飯田・下伊那地域で4例確認されているほか、岐阜県や山梨県でも発見されています。有力者の住居であった可能性が指摘されていますが、詳細は明らかになっていません。今後の調査・研究の進展が期待されます。

「礎石」を伴う竪穴建物跡(SB20)の検出状況

 

第2面 古代調査風景

 

第3面 弥生時代調査風景

 

 発掘調査現場では重機等が出入りしております。危険な場所もありますので、許可なく立ち入らないようにお願いします。調査中であれば、ご説明いたしますので、お気軽にお声掛けください。

 

薮越遺跡発掘だより2026年度第1号(PDF:926KB)

南信,薮越遺跡,調査情報

2026年6月16日

松本市 南栗遺跡 2026年度発掘調査情報(1)

【令和8年度の発掘調査がはじまりました】

 4月から、今年度の南栗遺跡の発掘調査を開始しました。この調査は中部縦貫自動車道と中央自動車道長野線を結ぶ松本JCT建設に伴うもので、今年で5年目を迎えます。昨年度に引き続き、島立地区1区・面積:1650㎡と和田地区6区・面積:3350㎡の調査を行います。

 南栗遺跡で発見された竪穴建物跡の軒数は中央自動車道建設、中部縦貫道建設、松本市による圃場整備等による発掘調査を含め600軒以上に上り、松本市内で最大級の古代集落と考えられています。また、集落が存在した期間は古墳時代末7世紀後半から中世12世紀前半にわたり、約500年もの間人々がこの場所に住み続けていたことが判明しました。

 今年度の調査は4月から12月までを予定しています。調査区内には危険な場所もありますので、許可なく立ち入らないようにお願いします。見学を希望する方は、事前にご連絡ください。地域の皆様のご理解・ご協力をお願い申し上げます。

南栗遺跡(南西から令和7年度撮影)

 

【出土した鉄製品のX線画像を撮影しました】

 これまでの調査で、遺跡から多くの鉄製品がみつかっています。出土する鉄製品の周りには錆びが付着しており、もともとどのような形だったのかが、そのままではよくわかりません。そのため、長野県立歴史館に依頼して、昨年度の調査で出土した鉄製品のX線透過観察を行いました。

 下の写真の左は「刀子」という、古墳時代から平安時代に使われた小形のナイフです。木や竹を削るなど、日常のさまざまな用途に使われました。右は「雁又式」の鉄鏃です。

 今年度の調査でもすでに鉄製品が出土しています。遺物の劣化を防ぐために、出土した鉄製品には保存処理を施していく予定です。

出土した鉄製品(左:刀子、右:鉄鏃)とX線透過画像

 

【古墳時代の終わり頃(7世紀後半)の須恵器が出土しました】

 調査区東側の1区で、遺構をみつける作業中に須恵器の坏が出土しました。これまで1区では平安時代以降の竪穴建物跡が多く確認されていましたが、今回みつかった須恵器は、その形から古墳時代の終わり頃につくられたものと考えられます。南栗遺跡の集落は、古墳時代の終わり頃から形成されたと考えられているため、今回出土した須恵器は、集落がどのように形成されていったのかを知る手がかりになると期待されます。

1区から出土した須恵器の坏

 

南栗遺跡発掘だより2026年度第1号(PDF:651KB)

中信,南栗遺跡,調査情報

2026年6月8日

中野市 南大原遺跡 2026年度発掘調査情報(1)

【令和8年度の発掘調査がはじまります】

 6月5日(金)から、中野市大字上今井字南大原、鍋久保地籍の2地区で発掘作業を行います。これまでの調査の成果と合わせて各地区の生活の痕跡を記録して、各時代の文化や生活の特色を明らかにしたいと思います。

 今回の調査は、上今井遊水地整備事業に先立って令和5年度から継続して実施し、本年度は11月末までを予定しています。期間中、大型重機をはじめ、車両が出入りしますので十分ご注意ください。また、調査区域内には危険な場所もありますので、許可なく立ち入らないようお願いします。

 皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。

南上空からみた南大原遺跡(令和7年撮影)

 

【南大原遺跡ってどんな遺跡?】

 『長野県中野市遺跡詳細分布図』( 2006中野市教育委員会)には、縄文・弥生・平安時代の遺跡として記載されています。

 1950年(第1次調査)と1957年(第2次)に中野市上今井在住の故神田五六さんと地元の高校生が中心となって発掘調査が行われ、1950年の調査では縄文時代前期後半の竪穴建物跡がみつかり、そこから出土した土器は「南大原式土器」と命名されました。

 その後、1979年(第3次)に旧豊田村教育委員会が、2011~2013年(第4次)と2019・2020年(第5次)に当センターが、いずれも県道三水中野線改良工事に伴い発掘調査を実施し、弥生時代中期後半から後期を主とした集落遺跡であることが明らかとなりました。第6次発掘となる今回は、2023年に逆川地区で江戸時代の水田跡、2024・2025年には南大原地区で弥生、古墳、平安時代の集落跡、北大原と舞台地区で平安時代の集落跡が発見されました。

南大原遺跡全体図

 

【今までの発掘のおもな成果】

 

第5次調査(2019・2020年)南大原地区

 弥生時代中期後半から後期の集落遺跡であることが明確になり、祭祀場と想定される環状土坑列がみつかりました。今回はここに隣接する北東側を調査します。

 

第6次調査(2024年)北大原地区

 トレンチで、縄文後期の堀之内式土器(約3,800年前)の深鉢形土器の破片が出土しました。

 

第6次調査(2024年)南大原地区

 弥生時代中期後半(約2,000年前)の栗林式土器が出土しました。

 

 

第6次調査(2025年)南大原地区

 弥生時代中期後半の竪穴建物跡(玉つくり工房跡)から、玉つくり関連遺物となる、原石(緑色凝灰岩)、溝跡が残る碧玉片、玉鋸、管玉3点が出土。また、建物跡から複数の管玉や勾玉が出土しました。

 

 

第6次調査(2025年)南大原地区

 奈良時代の竪穴建物跡から、5枚重ねの須恵器が出土、右は下から2枚目の墨書土器

 

第6次調査(2025年)舞台地区

 平安時代中期の竪穴建物跡から出土の八稜鏡。

 

南大原遺跡発掘だより2026年度第1号(PDF:880KB)

北信,南大原遺跡,調査情報

2026年5月21日

長野市 川田条里遺跡 2026年度発掘調査情報(1)

【令和8年度の発掘調査が始まりました】

 4月22日(水)から、令和8年度の川田条里遺跡の発掘調査を行っています。

 この調査は、国補(仮称)若穂スマートIC整備事業に伴って行うもので、今年度の調査は11月末まで、安西工業(株)に発掘作業支援業務を委託して実施しています。

 若穂スマートIC整備事業に伴う当センターの発掘調査は、令和4年度から行ってきましたが、現地での作業は、今年度で終了する予定です。

遺跡全景(南から昨年度調査終了時撮影)

 

【川田条里遺跡ってどんな遺跡?】

本遺跡は、1989~1990(平成元~2)年に当センターが上信越道建設に伴い発掘調査を実施し、弥生時代中期から近世まで各時期の水田跡が重なっていることを確認しました。

1999(平成11)年には、長野市教育委員会による川田保育園(現、認定こども園川田)の改築に伴う発掘調査で、15世紀後半の工作遺構を発見しました。

2022(令和4)年から始まった若穂スマートIC整備に伴う当センターの調査では、弥生時代から江戸時代までの重なり合う水田跡の確認とともに、鎌倉時代から室町時代の中世遺構が確認され、その遺構の広がりの東端・南端をとらえることができました。

調査地点のすぐ西側に隣接する川田小学校は、中世にこの付近で勢力を持っていた武士、川田氏の館があった場所と推定されており、「川田氏館跡」という遺跡となっています。

これまでの調査で確認された中世遺構は、館跡に関係していると考えられます。

 

【今年も室町時代の穴や溝、陶器や銭貨などがみつかっています】

みつかった室町時代の穴や溝の跡(白線の中)

 

出土した銭貨

 

 

 今年の調査は、こども園のすぐ東側から始めました。

 昨年の調査で、現在の地表面下約70㎝に室町時代の生活面があることがわかっていたため、その近くまで重機で掘り下げ、その後、人の手により表面をきれいに削って穴などの跡をみつける検出作業をしています。

 すでに、多くの穴や溝の跡がみつかっており、中にはほぼ等間隔で直線に並ぶ穴もあります。これは柵や建物の柱跡の可能性があります。

 遺物としては、昨年もみつかっていた室町時代の鍋や茶碗など陶磁器の破片が多いのですが、今年は銭貨がみつかりました。

 この銭貨は中国でつくられた貨幣で、室町時代頃に日本国内でも使われていた北宋銭と思われます。今後、X線透過観察などを行い、文字の解読をしていく予定です。

【これからの調査予定】

 今年度の調査は、こども園横からさらに北へ向かって進めていきます。中世遺構の北端がみつかるのか、期待しています。

 昨年同様、今年の発掘調査にも、ご理解・ご協力を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

 

川田条里遺跡発掘だより2026年度第1号(PDF:924KB)

 

北信,川田条里遺跡,調査情報

2026年5月13日

飯田市 正泉寺遺跡 2026年度発掘調査情報(1)

【令和8年度の調査が始まりました】

 座光寺上郷道路の建設に伴い、4月から今年度の発掘調査を開始しました。昨年度に引き続き6区と県道市場桜町線部分の9~11区の調査(面積2,240㎡)を行います。これまでの調査によって弥生時代の流路跡や墓跡、古墳時代から奈良・平安時代の竪穴建物跡、掘立柱建物跡や土坑(穴)などの遺構、コンテナ170箱以上の土器や石器などの遺物が出土しています。今年度の調査区でも多くの遺構や遺物の発見を予想しています。

 近年、遺跡周辺では様々な公共事業に先立つ遺跡の発掘調査が進められています。土曽川が形成した微高地上に広がる正泉寺遺跡や五郎田遺跡、対岸のママ下遺跡では同じ時代の集落跡がみつかっていることから、今後これら集落のまとまりや移り変わりなどを明らかにしていきたいと考えています。

南西上空からみた正泉寺遺跡調査区(R7年度撮影)

 

【金属製品の応急的な保存処理を行いました】

 

 正泉寺遺跡ではさまざまな金属製品が出土しています。出土した金属製品は空気や水分に触れると酸化して、劣化が進んでしまいます(赤錆・緑青)。それを防ぎ、写真撮影や図化ができるように、令和7年度に科学的な処理を施しました。耳環は、はがれかけていた金の薄板を元のように戻して接着もしました。

 

【4月の調査のようす】

10区トレンチ調査風景

 

 重機を使ってトレンチ掘削を行った後、人力で土の表面を削り、土の違いから、土坑や竪穴建物跡などの遺構をみつけます。

11区トレンチ断面

 

 トレンチの断面をきれいに削り、写真と図面の記録をとりました。水田層の下位は砂礫層であることがわかりました。

 

 令和6年度から始まった調査もいよいよ3年目を迎えます。

 調査区域内には危険な場所もありますので、許可なく立ち入らないようにお願いします。調査中であれば、ご説明いたしますので、お気軽にお声掛けください。

 

正泉寺遺跡発掘だより2026年度第1号(PDF:948KB)

南信,正泉寺遺跡,調査情報

2026年3月4日

2026年3月3日 浅川扇状地遺跡群情報

 2011年撮影の浅川扇状地遺跡群調査範囲附近(長野市桐原地区)の航空写真です。撮影者から公開の許可を頂きました。県道高田線建設前の様子がよくわかります。

 なお撮影者、撮影日がわかるようにして頂ければ、ご自由にお使いいただけます。(センターの許可不要)

   撮影者:航空写真の千曲カラー

 

撮影日:2011.5.25

 

撮影日:2011.5.25

 

撮影日:2011.10.4

 

撮影日:2011.10.4

 

撮影日:2011.11.7

 

撮影日:2011.11.7

 

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

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