4月に始まった発掘調査も後半戦に入りました。今年度の発掘調査で発見した竪穴建物跡は約50軒を数え、松本盆地最大級といえる古代集落範囲がさらに広がることが判明しました。
今年度の発掘調査は12月上旬までと予定しております。発掘の見学を希望される方は事前にご連絡ください。皆様のご理解とご協力をお願いします。
【1 現地説明会を開催しました】
9月5日(土)に現地説明会を開催しました。地元の皆様を中心に181名ご来場いただきました。誠にありがとうございました。
本号では、現地説明会当日に多くの方が注目された部分を抜粋してご紹介します。

【2 発掘調査の成果について】
今年度は調査の中心が長野自動車道西側の和田地籍(6区)に移りましたが竪穴建物跡は途切れることなく分布することがわかりました。6区では1辺が9mもある大型竪穴建物跡も発見されました。平安時代前期(9世紀後半頃)の建物と考えられます(写真上)。通常の竪穴建物跡とは異なり壁の周囲に礎石を並べ、土器も大量に出土しました(写真下)。このような建物跡は鎖川の対岸の下神遺跡ほかで確認されており、9世紀代のほぼ同じ時期に登場します。このころ地域の有力者が周囲の人々をまとめて新しいムラを作り、開発を進めていたと考えられます。

礎石を有する大型竪穴建物跡

散乱する大量の土器
【3 希少な出土遺物】
今年度上半期の調査では希少な発見が相次ぎ、発掘調査に関わる職員も驚きの連続でした。
①銅製鈴(6038号竪穴建物跡)

銅でつくられた鈴です。現在は音が鳴りませんが内部に付着している錆びの塊が、鳴子(丸)であった可能性があります。
②花瓶(6038号竪穴建物跡)

仏具の金属製花瓶を模したと考えられる灰釉陶器です。全体形が漢字の「亜」の字に似ているため「亜字形花瓶」と呼ばれますが、本資料は脚部を欠損しています。
③鞴の羽口(6031号竪穴建物跡)

鍛冶炉に空気を送り込むための筒です。先端部が高熱で溶けてガラス化しています。集落内で鍛冶が行われていた証拠です。
④取鍋(6031号竪穴建物跡)

坩堝内で溶解した金属を受け取る容器です。付着物の色調から青銅の溶湯を流した可能性があります。
⑤穀物を入れた土器(6045号竪穴建物跡)
平安時代の竪穴建物跡を調査したところ、破壊されたカマドの中から合わせ口の土器が出土しました(写真上)。蓋になる土器を外すと中には大きさが7㎝程の平らな石が入れられていて、石の下から炭化した穀物がみつかりました(写真下)。
カマドは壊された状態で発見される例が多く、竪穴建物を廃棄する際に火を扱うカマドを壊す何らかの祭祀行為があったようです。

破壊されたカマドから出土した土器

土器の中から炭化した穀物が出土
























































灰釉陶器皿(左)、須恵器壺(中央)、土師器皿(右)










