Research調査情報

【中信】南栗遺跡

ふりがな
みなみくりいせき
住所
松本市島立
マップURL
マップ
※スマホのGoogleマップアプリでは非対応
立地
鎖川左岸の自然堤防背後の緩斜面に立地
事業
松本JCT建設
調査期間
令和4~7年
時代
古代・中世
遺跡の種類
集落跡
調査状況
発掘終了

2026年1月8日

南栗遺跡2025年度発掘調査情報(3)

 4月に開始した今年度の調査も、12月12日に無事終了いたしました。発掘期間中のご協力ありがとうございました。冬期間は出土した遺物や図面・写真の整理作業を長野市にある当センターで行います。

 また、令和8年2月7日(土)から3月8日(日)まで、松本市のキッセイ文化ホールにて今年度の調査成果の展示を行います。詳細は当センターHPでご確認ください。皆様のお越しをお待ちしております。

 

【今年度の調査成果】

 今年度は竪穴建物跡119軒、土坑367基などを調査しました。

 本遺跡での過去の圃場整備や長野自動車道建設工事に伴う調査と、令和4年度から実施している松本JCT建設事業に伴う発掘調査を合計すると、確認された建物跡は644軒にのぼります。そして、これらの調査により、古墳時代後期から平安時代後期に至る約500年間にわたり人々が生活したことが確認され、島立・和田地区にはたくさんの人が居住していたことが明らかになりました。また、本年度は遺跡範囲の西側にあたる和田地区6区で、竪穴建物跡を28軒確認し、集落がさらに西側に広がることが明らかになりました。来年度以降の調査では、どのような遺構がみつかるのか、大いに期待されます。来年度以降の調査につきましても、引き続きご理解とご協力をお願いいたします。

 

【円面硯を発見】

 奈良時代の竪穴建物跡(SB6023)からは、須恵器の丸い硯が大小2点出土しました。これらは、「円面硯」と呼ばれる硯です。円面硯には大きさや形状にさまざまなものがあり、透かし穴をあけた脚や獣をかたどった脚が付いているものもあります。硯が出土したことは、文字を書くことを必要とした役人などがこの地に居住していた可能性が考えられます。

出土した円面硯

円面硯の一例

奈良国立文化財研究所1991『藤原宮と京』より

 

【長胴甕が口を合わせた状態で出土!】

 平安時代の竪穴建物跡(SB6020)では、完形の長胴甕2個体が口を合わせた状態で出土しました。これは「横位埋設土器」あるいは「土師器合口甕」と呼ばれ、土師器甕や羽釜を組み合わせて横位に埋設するものです。これらの遺物の内部から歯牙や骨片が出土する事例があり、甕の大きさから乳幼児のための土器棺と考えられています。松本市周辺では、過去に城山遺跡(1927年出土)と富士電機松本工場遺跡(1944年出土)で南栗遺跡と同じ状態の長胴甕が出土し、城山遺跡では甕の内部から歯牙5点と骨片が、富士電機松本工場遺跡では骨片が出土しています。

 南栗遺跡の長胴甕の内部からは歯牙や骨片は出土していませんが、松本市域の複数の遺跡で口を合わせた状態の長胴甕が出土することは興味深く、その背景を今後探りたいと思います。

口を合わせた状態で出土した長胴甕

 

参考文献

両角守一・堀内千萬藏1927 「一種の合口甕を出したる松本市宮淵遺跡に就きて」『考古学雑誌』第17巻第11号

沼山源喜治1981 「土師器合口甕棺葬について–東日本における諸例を中心に-」『考古学雑誌』第66巻第4号

柳澤和明2025 「横位埋設土器棺を用いた古代東国の乳幼児・死産児墓制」『日本考古学』第61号吉川弘文館

 

南栗遺跡発掘だより2025年度第3号(PDF: 832KB)

中信,南栗遺跡,調査情報

2025年9月22日

南栗遺跡2025年度発掘調査情報(2)

 4月に始まった発掘調査も後半に入りました。今年度の発掘調査で発見した竪穴建物跡は90軒を超え、松本盆地最大級の古代集落がさらに広がることが判明しました。

 今年度の発掘調査は12月上旬までを予定しております。発掘の見学を希望される方は事前にご連絡ください。皆様のご理解とご協力をお願いします。

 

【現地説明会を開催しました】

 9月13日(土)に現地説明会を開催しました。地元の皆様を中心に、93名のご来場がありました。誠にありがとうございました。

 本号では、現地説明会当日に多くの方から注目された部分を抜粋してご紹介します。

 

【発掘調査の成果について】

 これまでの調査で竪穴建物数は調査範囲の南側で減少する傾向があり、調査範囲付近が集落の南端であることが判明しました。調査区の南側には鎖川が流れており水害の影響を受けやすい場所であたため、洪水を避けた場所にムラを形成したのではないかと考えられます。また今年度は、今までより西側の和田地区側に調査範囲を広げた所、竪穴建物跡が数多く確認されており、集落がさらに西方へ広がることがわかりました。

1区空撮状況(北東から)

3区空撮状況(東から)

 

【家の中の灯り】

 竪穴建物跡からは建物内の照明に用いた器が出土しました。日常使用する食器(碗や皿)に油を注ぎ、麻やい草から作った芯を浸して明かりを灯しました。食器の縁には黒い煤がついています。

灰釉陶器の椀を用いた燈明皿

 

【壊されたカマド】

 竪穴建物跡の壁には調理場であるカマドが作られます。粘土でカマドの壁と天井を形作り、壁の芯材には大きな石を使い、天井には穴を開けて煮炊きをする甕を差し込みます。調査中、多くのカマドは破壊された状態でみつかります。カマドは火の神が宿る特別な場所と考えられており、建物を廃棄する際にカマドを破壊する習慣が存在したようです。この建物では、カマドの一部を破壊し、その後、火床の上に支脚石を叩き折って置き、さらにその上に底を抜いた甕を立て、周りを芯材の石(花崗岩)で囲う様子が確認できました。

カマド(使用時)

カマドの構造

長野県埋蔵文化財センター2005『三角原遺跡』

壁の芯材を一部残す壊されたカマド

奥壁に底を抜いた甕を立てて、周囲を芯材の石で囲むカマド

 

南栗遺跡発掘だより2025年度第2号(PDF: 1261KB)

中信,南栗遺跡,調査情報

2025年5月19日

南栗遺跡2025年度発掘調査情報(1)

【令和7年度の発掘調査がはじまりました】

 令和4年度にはじまった発掘調査は4年目を迎えます。今年度は、島立地区に加え、和田地区の調査が新たに始まりました。調査は11月末日までを予定しています。

 調査区内には危険な場所もありますので、許可なく立ち入らないようにお願いします。発掘の見学を希望する方は、事前にご連絡を下さい。

 地域の皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

令和7年度の発掘調査範囲

 

【判明した集落の規模と時期】

 昨年度の調査では竪穴建物跡が107軒、掘立柱建物跡が5棟みつかりました。

 約40年前の長野自動車道の調査分を含めると竪穴建物跡軒数は520軒以上を数え、松本盆地最大級の古代遺跡であることが判明しました。

 そしてこの集落は、古墳時代の終末期(約1300年前)から平安時代後期(約900年前)のおよそ400年にわたり営まれていたことが判明しました。

3区竪穴建物跡分布状況(四角い形の影が竪穴建物跡)

 

【古代の竪穴建物跡の姿】

 古代の竪穴建物跡は地面を方形に掘り込んで壁と床を作り、床に柱を立て、茅のような植物の束を重ねて屋根を葺いたと考えられます。建物の大きさは1辺が5m前後のものが多いです。

 竪穴建物跡からは土器の破片が出土します。1軒の建物跡から多い時には数百片も出土することがあります。破片は洗浄後に接合作業を行い、器の形を復元します。

発掘調査を終えた竪穴建物跡

竪穴建物跡から出土した土器の破片

復元された竪穴建物跡(立科町大庭遺跡)

八ヶ岳旧石器研究グループ『佐久の古代遺産図録』より

 

【カマドとは?】

 竪穴建物跡の壁からはカマドが発見されました。カマドは、石などを芯材に粘土を貼り付け、壁と天井を作ります。天井に穴を開けて煮炊き用の甕を差し込み、手前の焚口から火を燃やし、煙は壁に掘られた穴を通り外に出る構造になっています。

カマドの発掘調査状況

カマドの復元図

長野県埋蔵文化財センター2005『三角原遺跡』より

 

南栗遺跡発掘だより2025年度第1号(PDF: 1145KB)

中信,南栗遺跡,調査情報

2024年6月28日

南栗遺跡 2024発掘調査情報(1)

<令和6年度の発掘作業が始まりました>

 令和4年度に始まった発掘調査も今年度で3年目になります。

 今年度の調査では、これまでにみつかっている古代集落の広がりと、継続時期を把握すること、昨年度あらたにみつかった中世面の広がりが確認されることを期待しています。

南栗遺跡発掘たより 第7号(PDFデータ:670KB)

<昨年度の調査成果>

 昨年度の調査では古代の竪穴建物跡16軒、掘立柱建物跡1軒などがみつかり、令和4年度に集落の南限と想定した範囲よりもさらに南へ集落が広がることがわかりました。

 調査区の南西でみつかった竪穴建物跡(SB39)からは、炭化した木材や焼けた土が一面に広がって出土しました。また、建物の壁も焼けて赤くなっていることから、この建物は焼失した住居と考えられます。

 また、調査区南端では火葬施設が3基みつかりました。いずれも内部から焼けた土や炭化した木材、焼けた人骨のほか、銭貨が10枚出土しました。そのうちの1枚は「洪武通宝」(初鋳1368年)と判別することができました。このことから、これらの火葬施設は室町時代以降のものと推定しています。

 

中信,南栗遺跡,調査情報

2023年2月7日

南栗遺跡 2022年度発掘調査情報(2)

【南栗遺跡の発掘調査が無事終了しました】

 5月23日(月)に開始した南栗遺跡の発掘調査は、12月23日(金)に無事終了しました。近隣住民の皆様をはじめ、調査にご理解とご協力いただいた方々に感謝申し上げます。

 詳しい情報はこちら(南栗遺跡 発掘たより第2号 PDFデータ)

          (南栗遺跡 発掘たより第3号 PDFデータ)

          (南栗遺跡 発掘たより第4号 PDFデータ)

2022年度南栗遺跡調査範囲 空中写真

 

【今年度の調査成果】

 調査区の南端付近で鎖川の氾濫によるものと推定する流路跡を確認し、これが奈良・平安時代の集落の南限を示すと考えています。また、34軒の竪穴建物跡が見つかり、集落がさらに西側に広がる可能性が高いことがわかりました。

 左下の写真は6本柱となる、一辺7mの奈良時代の竪穴建物跡です。

 その他に、深さ約2mの溝跡が見つかっていて(右下の写真)、屋敷地などを区画する溝であったと推測しています。

    

      奈良時代の竪穴建物跡         深さ約2mの溝跡

中信,南栗遺跡,調査情報

2022年6月6日

南栗遺跡 2022年度発掘調査(1)

【南栗遺跡の発掘調査がはじまります】

 中部縦貫自動車道松本波田道路の建設に先立ち、南栗遺跡の発掘調査がはじまりました。期間は5月9日から11月末まで、7か月間を予定しています。皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。

 

【長野自動車道建設時の発掘調査】

 南栗遺跡は長野自動車道を建設する際に、発掘調査を実施しています(1985~86(昭和60~61)年度)。この時の調査で、7世紀後半から12世紀までの竪穴建物跡322軒、掘立柱建物跡104棟のほか、お墓や水路などを調査し、古代から中世にわたる大規模な集落であったことが明らかになりました。

 

 今年度の調査では、集落の広がりや、そこに暮らす人々の生活を支えた水田や畑地、遺跡近傍に立地する安塚古墳群との関係などを解明したいと考えています。

 

南栗遺跡発掘たより_創刊号(PDFデータ:1270KB)

中信,南栗遺跡,調査情報