お問い合わせはこちら


 

染屋台地を見守る有力者の墓

陣馬塚古墳(じんばづかこふん)の発掘調査

 

1.所在地   上田市住吉字横山471番地ほか(上信越自動車道建設により消滅)

2.調査期間  平成5(1993)年5月~8月

3.調査面積  2,200㎡

4.調査機関  長野県埋蔵文化財センター

5.遺跡の立地 南方直下に染屋(そめや)台地(だいち)を見下す横山丘陵の頂部。標高約600m、眼下水田面との比高およそ50m

6.遺跡の特徴 古墳時代後期(6世紀末)築造の円墳

 

7.古墳の構造

 墳丘(ふんきゅう) 横穴式(よこあなしき)石室(せきしつ)を内部主体とする調査時には直径8.2mの円墳でした(推定径約12m)。後世のかく乱や崩壊のため、墳丘の構造はあまり明確ではありませんが、墳丘裾(ふんきゅうすそ)に列石(れっせき)を巡らし、裾石と石室裏込めの間は角礫(かくれき)を混ぜた土盛による築成です。墳丘の高さは石室奥壁の高さから見積もって、少なくとも2.5mはあったと想定されます。

 

【写真1 調査前の陣馬塚古墳】

 

 周溝(しゅうこう) 墳裾の2~3m外に周溝が巡ります。現状で幅2m、深さ0.2mほどの浅い周溝ですが、推定される規模は幅2.5m、深さ0.4m程度に復元されます。西側と東側の2カ所に溝の途切れる部分があります。西側は築造時のものと想定されますが、東側は削平による可能性もあります。

 石室 南に開口する両袖の横穴式石室です。調査時には天井石が消失していて、側壁や裏込めが内部に向かって崩壊し、石室は完全に埋もれた状況でした。石室の全長は5.2m、主軸は北から西に12度傾いています。地形に逆らわず、丘陵尾根の稜線に主軸を直交させるように築造したものと考えられます。石室に使用された石材は付近で産出する安山岩(あんざんがん)の自然石です。

 玄室(げんしつ)の平面形は中央部がわずかに広い長方形です。幅は奥壁側で1.6m、中央で1.8m弱、玄門側で1.6mあります。長さは右側壁3.5m、左側壁3.8mです。床面から奥壁残存部の上端までの高さは1.85mあります。奥壁には巨石を用い、上下2段が残存しています。側壁は全体に2段、最大3段が残存します。壁体石の大きさは長さ100~50cm、高さ50~30cmと不揃いですが、平坦な自然面を内側に揃えて壁面をつくっています。床は二重構造で下部に角礫(かくれき)を敷き並べ、その直上に小円礫を敷き詰めています。羨道(せんどう)と玄室の境界には梱石(きしみいし)が置かれています。

 羨道は右側で長さ1.6m、左側で1.4mとごく短く、幅は1.1mです。

 

【写真2 石室と周溝の調査状況】

 

8.出土遺物

 玄室床面は盗掘によってかなりかく乱されていましたが、3体分の人骨と多くの副葬品が出土しました。出土遺物は次の表のとおりです。

遺物一覧表

出土位置

種類

詳細

玄室

人骨

3体(成人2、幼児1)

土器類

須恵器長頸壺・提瓶・平瓶、土師器内黒坏ほか

金属器・金属製品類

直刀9本、鉄鏃43点、刀子9点、耳環7点、飾り金具7点

玉類

192点(管玉3、勾玉1、棗玉1、切子玉1、臼玉1、

土製丸・小玉75、ガラス小玉111)

石製品

垂飾り1点

羨道

遺物なし

 

墳丘及び

墳丘外遺物集中部

土器類

須恵器広口壺・大甕ほか

金属器・金属製品類

鞘尻金具

玉類

2点(管玉2)

 

 

【写真3 玄室内床面の遺物出土状況】

 

出土直刀一覧表                                               ( )は残存値

番号

残存

材質

刀身長

(cm)

(cm)

背幅

(cm)

茎長

(cm)

形態の特徴ほか

1号

茎端部欠

68.1

3.0~2.4

0.6

(9.3)

平造、両関、無窓鐔、鎺、柄縁金具

2号

切先欠

(92.5)

4.1~3.3

0.8

22.7

平造、両関、刀身に木質

3号

完形

75.9

3.4~2.2

0.7

16.9

平造、両関、銀象嵌八窓鐔、鎺、

柄縁金具

4号

切先端欠

(72.2)

3.6~2.3

0.8

16.0

平造、両関、八窓鐔、鎺

5号

 

56.4

2.8~2.3

0.7

15.3

平造、両関、無窓鐔、鎺、

刀身に布痕、鎺下に木質

6号

茎一部欠

39.5

2.8~2.2

0.8

(5.5)

平造、両関、鎺

7号

 

25.3

3.1~1.9

0.6

8.2

平造、両関、鎺(銅製)、

茎巻糸上に鹿角製柄

8号

 

22.3

1.8~1.3

0.5

8.8

平造、両関、茎巻糸上に木質

9号

関部一部欠

20.9

1.7~1.6

0.4

8.5

平造、両関、茎に木質


 

 

【写真4 銀象嵌された刀装具(3号直刀)】

出土時にレントゲン撮影を行ったところ、鐔(つば)などに銀の象嵌が施されていることが明らかとなりました。長野県立歴史館にてクリーニングしたところ、C字状文や波線文などの細かな文様が表出されていることがわかりました。

 

 

9.出土人骨

 玄室内部から3体分の人骨を確認しました。骨や歯などの形質分析から1体は壮年~熟年の頑丈な男性、1体は性別不明の成人、もう1体は1歳~1歳半程度の幼児と考えられます。人骨はいくつかのまとまりを持つものの散乱していて、どれも自然位の埋葬状態とはいえません。本来の埋葬位置を特定することができない状況は、追葬時の片付けを反映している可能性があります。(人骨の分析鑑定は京都大学名誉教授茂原信生氏によります。)

 

10.陣馬塚古墳の年代

 出土遺物の検討から、墳墓としての存続期間は6世紀末から7世紀前半と理解されます。また築造年代は最も古い年代を示す遺物群から6世紀末としています。墳墓としての存続期間はおよそ数十年間あります。実際3体の人骨が確認されていることから、複数時期の埋葬(追葬)が考えられます。

 

11.考察

 陣馬塚古墳のある横山丘陵には他に確かな古墳は知られていないため、単独墳の可能性が高いといえます。七ツ塚古墳群など、眼下の染屋台地や神川段丘上に分布する古墳群と本墳とは時期的な接点をもつと思われますが、それらとは立地を全く異にするところに陣馬塚古墳の大きな特質があります。

 

参考文献

若林 卓1999「第5章 陣馬塚古墳」『上信越自動車道埋蔵文化財調査報告書21―上田市内・坂城町内―』長野県埋蔵文化財センター発掘調査報告書41 (財)長野県埋蔵文化財センター

茂原信生1999「付章 分析と鑑定 第2節 陣馬塚古墳出土の人骨」『上信越自動車道埋蔵文化財調査報告書21―上田市内・坂城町内―』長野県埋蔵文化財センター発掘調査報告書41 (財)長野県埋蔵文化財センター