トップ > 調査情報 > 北信 > 南大原遺跡

南大原遺跡

ふりがな
みなみおおはらいせき 
住所
中野市上今井字南大原  マップ
立地
千曲川右岸 
事業名
県道三水中野線建設関連 
調査期間
平成23年・平成24年11月・平成25年8月-9月・平成26年・平成27年  
時代
縄文・弥生 
遺跡の種類
集落跡 
備考
 

2012年12月25日

南大原遺跡 平成24年度調査情報(2)

 ―弥生時代のムラの調査終わる―

 12月11日をもって本年度の南大原遺跡の調査が終了しました。本年度は、県道三水中野線脇に細長い調査区を設定して調査を行い、弥生時代中期後半(約2000年前)の遺構、遺物がみつかりました。昨年度の調査で大量の弥生土器が出土した大溝の続きを確認し、南西方向へと続くことが明らかになりました。来年度は、今年度の調査区から県道を挟んだ反対の東側を調査し、自然堤防上に広がる遺跡の続きを調査していく予定です。

 

【東西に細長い調査区】

 11月30日にラジコンヘリコプターによる空中写真撮影を行いました。道路に沿って、細長い調査区となっています。


【赤い土器が重なり合って出土】

 大溝の底からは、赤く塗られた壺と櫛描き文のある甕が出土しました。


【土坑の中からも土器が出土】

 土坑の中からも1個体分の甕が出土しました。壊された後、土を詰めた穴に入れられたと考えられます。


【東西方向に並ぶ柵列跡】

 大溝の東側に、5本の柱穴が並んでいました。柱の間隔が150㎝前後にそろっており、柵列跡と考えられます。


カテゴリ:南大原遺跡

2012年11月8日

南大原遺跡 平成24年度調査情報(1)

―千曲川に臨む弥生時代のムラ―
 南大原遺跡の発掘調査を開始しました。南大原遺跡では昨年度も調査を行っており、弥生時代中期後半(約2000年前)の遺構や遺物がみつかっています。本年度は、昨年度の調査区と道路(県道三水中野線)を挟んだ反対側(南側)を調査しています。これまでの調査成果から、集落の続きがみつかることが予想されます。

 

【今年度の調査区】

 写真左側の高くなった部分が、県道三水中野線です。調査区は、そのすぐ南側です。


 

【出土した土器】
 出土した土器は、栗林式と呼ばれる弥生時代中期後半の台付甕(だいつきがめ)です。


 

【みつかった土坑】

 黄色い土の検出面に、黒っぽい土の落ち込み部分が見えます。土坑と呼ばれる穴の跡です。みつかったこれらの土坑は、掘立柱建物の柱穴の可能性があると考えられます。


カテゴリ:南大原遺跡

2011年7月22日

南大原遺跡 平成23年調査情報(4)

 南大原遺跡の本年度の発掘調査が終了しました。弥生時代中期の竪穴住居跡、掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)、土坑(どこう)、大溝などが発見されました。
 
【南大原遺跡の全景写真(千曲川の上流をのぞむ)】
南大原遺跡は、縄文時代前期の集落遺跡として知られていましたが、昭和54年の発掘調査(旧豊田村)で、今から約2000年前の弥生時代中期後半(栗林式期)の集落跡も存在することが分かりました。当時の発掘では、竪穴住居跡3軒が発見されています(写真中央のY字状の道路部分)。今回はその隣接地を発掘(中央ビニールハウスの周囲)し、以下のような成果を得ました。

【竪穴住居跡の調査(写真はSB04)】
竪穴住居跡は4軒を確認しました。昭和54年調査区で3軒が調査されていますので、合計7軒を記録保存したことになります。いずれも栗林式期の住居跡と考えられますが、円形と隅丸(すみまる)長方形の2種類の形があります。出土遺物を見る限り、時期的な違いはあまりないようです。今後、出土遺物等の詳細な検討を通して、2つの形の性格付けにせまりたいです。

【掘立柱建物跡の調査(写真はST01)】
掘立柱の建物跡は8軒を確認しました。昭和54年調査区では発見されていません。1間×2間の建物跡を中心とし、中には2間×5間となりそうな大型の例、さらには7~8本の柱を多角形状に配置したと考えられる例もありそうです。建物の性格に関しては、今後、類例を検討し、追究していきたいと思います。

【掘立柱建物跡の柱穴内出土土器(写真はST06) !!】
6号掘立柱建物跡の柱穴には、写真のように栗林式土器を出土した事例が3基ほどありました。いずれも壷形土器で、祭祀的な行為の結果なのでしょうか。やはり、類例の検証が必要と考えられます。

【土坑の調査(写真はSK33)】
直径15cmほどの小さな穴から50cm以上もある大きな例まで、いわゆる土坑は62基を確認しました。その多くは出土遺物がありませんが、写真の土坑は、底面近くから安山岩の剥片3点(5cm程度)が出土しました。土をていねいにふるいましたが、ほかには何も出ませんでした。SB04に隣接して発見されており、この住居跡と関係があると考えられます。

【大溝の調査(写真はSD02)】
調査区南端で発見された大溝(幅約16m、深さ約1.8m)。溝南側の傾斜面からは栗林式土器が大量に出土しました。特に溝底近くでは、完全な形に復元できそうな壷形土器がいくつも出土しました。大溝の性格は環壕のようにも考えられますが、幅狭の調査区であり、全体像はいまのところ、正確にはつかめていません。

【平成23年度の発掘調査を終えて】
県道三水中野線改良事業に伴う平成23年度の発掘(約2000㎡)を7月20日に終了しました。次年度以降、残り約1300㎡の記録保存を行う予定です。

カテゴリ:南大原遺跡

2011年7月6日

南大原遺跡 平成23年調査情報(3)

 今回は、多量に土器が出土した窪地の北西側に広がる、弥生時代中期の居住地の調査の様子を紹介します。

【弥生時代中期の竪穴住居跡の調査】
 弥生時代中期後半に属する栗林式の竪穴住居跡は、5軒を検出しました。現在、4号住居跡の埋没土(まいぼつど)を掘り下げる調査を進めていますが、床面近くから作業台のような礫が2点と石器製作に関連すると思われる剥片類(はくへんるい:石のかけら)などが出土しています。


【栗林式の台付き甕が出土】
 4号住居跡の南壁付近からは、ほぼ完全な形に復元できそうな小型の台付き甕が出土しました。南大原遺跡の出土土器は、台付き甕の破片が比較的目につきます。うつわの種類に何か、特別な意味があったのでしょうか。これからの調査が期待されます。


【住居跡の床下調査】
 7号竪穴住居跡の床下確認調査をおこなっています。住居跡のほぼ中央部分には立派な炉が認められ、シルト質の土で平滑な床面を作っています。


【住居跡の炉を調査】
 7号竪穴住居跡の炉です。地面を浅く掘り窪めた地床炉で、直径は20cmほどあります。土は非常によく焼けて、とても硬いです。住居跡のほぼ中央部分で発見されました。


【遺跡の範囲確認調査を実施】
 南大原遺跡の南端は旧千曲川に接していますが、今回の開発対象地内における遺跡の範囲の詳細を確認するため、バックホーによる試掘を行いました。その結果、(4)区と仮称したその場所には、遺構・遺物を確認することはできませんでした。

カテゴリ:南大原遺跡

2011年6月22日

南大原遺跡 平成23年調査情報(2)

南大原遺跡では、これまでの調査で、弥生時代中期の竪穴住居跡、掘立柱建物の柱穴などの遺構がみつかっています。竪穴住居跡は5軒確認され、いずれも弥生時代中期のものです。竪穴住居跡がある居住地の東側には溝状の窪地(くぼち)があり、そこにはたくさんの弥生時代中期の土器が出土しています。
6月15日には遺跡の近くの豊井小学校の6年生が授業の一環で発掘を体験しました。

遺構の検出は、日々進められる !!【遺構の検出作業】
調査区の東側には窪地(くぼち)があり、調査面も深くなっていきます。
調査区の壁が崩れないように、階段状に掘っていきます。
梅雨入りとなり、悪天候に悩まされ、窪地での遺構検出は難攻を極めます。

傾斜地では、ことに土器の出土量が増す。 !!【窪地の調査】
調査区東側の窪地には、遺物を含む黒色土が厚く堆積しています。この土に含まれるのは弥生土器(中期)のみのようです。土器を掘りだしながら、遺構がないかを入念に確認しながら調査を進めます。
埋没した土器の全貌に、期待は膨らみます。

【弥生土器の出土状況】
窪地への傾斜面ではとくに土器が多く出土します。接合して復元すると完全な形になると思われる壷の破片がまとまって出土しています。
土器が埋まっている土は粘性が強く、乾くとすぐひび割れてきます。

【大量の弥生土器が出土】
窪地の土をすべて掘り上げると、大量の弥生土器が出土しました。
80㎡ほどの範囲に、弥生土器の大きい破片がばらまいたように分布しています。

中野市立豊井小学校、出前授業の実施 !!【出前授業】
中野市豊井小学校6年生(25名)を対象に、考古学の出前授業を5月30日に実施しました。土器の観察では、弥生・古墳・平安の3つの時代の土器を見比べて、その違いを話し合いました。初めて見て、さわる土器に、子供たちは真剣そのものでした。「次は、ぜひ発掘を体験したいなあ」とのこと。

【発掘体験】
中野市豊井小学校6年生の出前授業では、ほぼ全員が発掘体験を望んでおり、ついに実現の運びとなりました。生徒たちは、休む時間も惜しんで、未知の体験に精を出しました。地域の歴史が、いっそう身近なものに感じられたようです。

【小学生、発掘の手ほどきをうける】
「移植ごてで土を掘る。ほら、土器片が出た。竹べらを使ってていねいに土を取り除く」「なるほど、ぼくにもできそうだ」。「さあ、やってみよう」。

カテゴリ:南大原遺跡

<前のページ

次のページ>

ページのトップへ