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周防畑遺跡群

ふりがな
すぼうばたいせきぐん 
住所
佐久市長土呂  マップ
立地
浅間山麓に広がる火砕流台地上末端から、濁川による氾濫低地に位置する 
事業名
中部横断自動車道建設 
調査期間
平成18-21年 
時代
弥生・古代 
遺跡の種類
集落跡・墓跡 
備考
 

2012年3月2日

周防畑遺跡群 平成23年度 整理情報

周防畑遺跡群は、JR佐久平駅の北方から西方、佐久市長土呂と塚原の両地籍にまたがる弥生時代と奈良・平安時代の複合遺跡です。平成18・19・21年度の3ヶ年にわたって発掘調査され、平成23年度から整理作業が始まっています。

整理が進むにつれて、奈良・平安時代の遺物には、一般集落とはやや様相の異なるものが見られることが分かってきました。古代の佐久郡の役所である佐久郡衙(さくぐんが)の中心部分は未発見ながら、周防畑遺跡群にも佐久郡衙に関わる人々の住まいがあったことが窺えます。

 

【祭祀に使われた土器 SK60遺物出状況】
掘立柱建物群(2間×2間~3間×3間の7棟ほどのまとまり)の北側に位置する2つの土坑、SK59、SK60からは、土師器や黒色土器の椀、灰釉陶器の碗や皿がまとまって出土しています。これらの土器をよく見ると、SK59には「井」?と書かれた土師器椀や、灯明具に使われたと思われる灰釉陶器碗、SK60には「夲」(=本)と書かれた灰釉陶器輪花碗(縁の輪郭が花弁形の碗)があり、SK60のそのほかの灰釉陶器の碗や皿も輪花であるという特徴があります。地鎮のために埋納された土器と思われますが、どうしてこのような土器を選んで埋めたのかは謎です。

 

【特殊な土器】
郡衙では、大領(だいりょう)以下の正式な役人のほかに、郡書生などの郡雑任(ぐんのぞうにん)と呼ばれる様々な人が働いていたことが『類聚三代格(るいじゅさんだいきゃく)』所収の太政官符(だじょうかんぷ)などの資料で知られています。周防畑遺跡群では、薬壺(やっこ)と呼ばれる須恵器短頸壺がSB80、僧侶の持つ鉄鉢(てっぱち)形の土師器がSB72といった竪穴住居跡から出土しています。国府における国医師に相当する人や、郡衙付属寺院に勤める僧侶が住んでいたことも考えられます。また、当時の一般的な器である土師器や須恵器のほかに、やや高級な灰釉陶器が多く、より高級な緑釉陶器や中国から輸入した青磁も出土しています。


カテゴリ:周防畑遺跡群

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