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沢尻東原遺跡

ふりがな
さわじりひがしばらいせき 
住所
上伊那郡辰野町大字稲富  マップ
立地
天竜川右岸の段丘上 
事業名
北沢東工場適地の開発事業 
調査期間
平成31年4月8日~令和元年11月29日 
時代
縄文 
遺跡の種類
集落跡(未確定) 
備考
 

2019年8月5日

沢尻東原遺跡 2019年度発掘調査情報(2)

4月から始まった発掘調査も、早いもので3か月がたちました。表土を取り除いてからの遺構検出も調査対象面積の8割ほどまで進み、だいぶ遺跡のようすがわかってきました。

 40軒以上になると思われる竪穴(たてあな)建物跡は、天竜川を東眼下に臨む台地北部の南北140m、東西90mの範囲に収まりそうなこともわかってきました。天竜川の対岸1.5km北には、辰野町で今までに調査された中で最大の集落である、樋口内城(ひぐちうちじょう)遺跡があります。そこでは50軒を超える竪穴建物跡がみつかっていますが、沢尻東原遺跡もそのムラに匹敵する大きな集落であったと思われます。

 現在10軒ほどの竪穴建物跡を調査中で、たくさんの土器や石器が発掘されています。

【竪穴建物跡から出土した土器】①

7号竪穴建物跡からは、4個体以上の土器が投げ込まれたような状態で出土しました。 右の写真中央の土器は、文様の特徴から縄文時代中期中葉の新道式(あらみちしき)土器の深鉢で、今から約5,300年前のものです。(推定復元高は約40cm)

【竪穴建物跡から出土した土器】②

13号竪穴建物跡から出土した左の土器は、長野県の東信地方から群馬県にかけて作られた焼町式(やけまちしき)土器です。 北東は岡谷・諏訪、北西は塩尻・松本と接した伊那谷の玄関口に立地する沢尻東原遺跡は、南北文化交流の要衝(ようしょう)であったと思われます。この土器も北の地の産物を入れて持ちこまれたのでしょうか。

【沢尻東原遺跡 国際デビュー?!】

6月14日、ほたる祭りを見に来たニュージーランドの皆さんが来跡しました。建物跡から出土した小型の土器を前に、職員の説明に熱心に耳を傾けていました。

Q:When do you dig up this pottery?

「この土器はいつ掘り出すの?」

A:Maybe one week after.

「一週間後くらいですかね。」

【何が出てくるか?ドキドキ!】

6月19日は辰野南小学校の6年生が遺跡の見学と発掘体験をおこないました。 移植ゴテで竪穴建物跡の土を注意深く掘ると、土器のかけらや黒曜石が・・・その度に歓声が上がりました。予定時間を延長して、小さな考古学者たちは縄文時代を体感したようです。

【倒木痕(とうぼくこん)】

皆さんは山の中で、倒れた木を見たことがありますか?立木の大きく張った根が、地表そしてその下の土を巻き込んで、倒れた木の根元には大きな穴があいています。月日が経ち、木や根は朽ち果て、巻き上げられた土が大きな穴の中央に、その周りには黒い表土が堆積していきます。

 

【遺跡でみられる倒木痕】

中央部の黄褐色土が下層の巻き上げられた土、その周りに地表の黒色土が流れ込んでいます。 かつては、逆堆積土坑とか、ロームマウンドと呼ばれていました。沢尻東原遺跡の台地上は今でも風が強く吹き付けます。縄文時代のムラが造られる前からムラの廃絶後も、たくさんの立木が倒れ、遺跡には多くの倒木痕がみられます。



カテゴリ:沢尻東原遺跡

2019年5月24日

沢尻東原遺跡 2019年度発掘調査情報(1)

長野県埋蔵文化財センターは、辰野町北沢東工場適地の開発事業に伴い、沢尻東原(さわじりひがしばら)遺跡の発掘調査を行っています。場所は中央自動車道伊北IC横にある長野オリンパス伊那事業所の東側です。発掘作業は4月~11月まで実施する予定です。この遺跡は辰野町教育委員会による確認調査が事前に行われ、縄文時代中期(約5,000年前)の集落跡がみつかると考えています。 地域の皆様のご理解・ご協力をよろしくお願いいたします。 

 

【発掘調査の開始】

【重機で遺構のある地層まで掘り下げる】

発掘調査では、最初に重機を用いて地表から竪穴(たてあな)建物跡(住居跡)などの遺構がみつかる地層まで掘り下げます。 沢尻東原遺跡では、御嶽山の火山灰に由来する黄色い土(ローム層)まで掘り下げると、竪穴建物跡の炉石や遺物が出土しました。

【竪穴建物跡を発掘する】

重機を用いた後は人力による発掘を行います。写真の白線は竪穴建物跡の範囲です。直径は5.6m、床までの深さは30㎝程あります。現在3軒の竪穴建物跡を調査中です。

【炉を発見】

縄文時代中期の竪穴建物は床の中央に石囲炉が作られています。写真の石囲炉は大きな石を円形に並べてあり、直径は1.3m、深さは20㎝程あります。炉の内には焼土や灰はなく、底面に石が敷かれていました。これらの石には火を受けた様子がありません。炉を使い終えた後に敷き詰められた可能性があります。

【出土した遺物】

遺跡からは縄文人が使用した道具が出土します。

土器片は竪穴建物跡内から多くみつかります。土器の表面に棒を押し当てたり、粘土ヒモを貼り付けた文様が多くみられます。

【石鏃】

石鏃(せきぞく)は矢の先に装着したと考えています。和田峠周辺で採取された黒曜石を用いたと推測しています。

【石斧】

打製石斧(だせいせきふ)は土を掘るための道具と考えています。
 

カテゴリ:沢尻東原遺跡

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