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龍源寺跡

ふりがな
りゅうげんじあと 
住所
飯田市上久堅  マップ
立地
西方に傾斜する谷状地形 
事業名
国道256号上久堅拡幅 
調査期間
平成27年4月-8月 
時代
中近世 
遺跡の種類
寺院跡 
備考
 

2017年4月24日

ー「龍源寺跡」報告書刊行しましたー

書名:龍源寺跡
副書名:社会資本整備総合交付金(道路)事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
    (国)256号飯田市上久堅拡幅(1)
シリーズ番号:114
刊行:2017年3月

  龍源寺跡は伊那谷の天竜川左岸(竜東)の山間地にあります。遺跡が立地する段丘の先端にある谷状地形内を調査した結果、谷状地形を改変して造り出した平場から「方三間(ほうさんげん)の仏堂(ぶつどう)」の可能性が高い礎石建物跡や井戸跡、溝跡などの中世遺構がみつかりました。遺跡の南側には、この地を治めた国人(こくじん)領主である知久(ちく)氏の本城(神之峯(かんのみね)城城跡)があり、飯喬(いいたか)道路建設に伴う神之峯中腹遺跡の発掘では堂宇(どうう)と推測される礎石建物跡が発見されています。神之峯城城跡の周囲には宗教施設が点在していたと推測され、飯田市上久堅(かみひさかた)地区の地域史を明らかにする上で、重要な資料となりました。

【龍源寺跡 遠景(北西から)】

谷状地形内には、平場が造成されていました。写真左下に玉川が流れています。

【谷状地形での調査風景】

谷奥側から玉川側を臨んでいます。三方を尾根に囲まれた中で調査しています。写真中央に礎石建物跡があります。

【3間×3間の礎石建物跡】

写真は建物跡に伴う礎石と礎石推定箇所に模擬柱を立てたものです。建物跡の平面形状は方形で、写真の撮影方向に入り口が存在したと推測されます。

【礎石建物跡造成の様子】

礎石建物跡を構築する際に、黒褐色土と褐色土を交互に埋め立てて造成されています。

【礫石経(れきせききょう)の代用品】

礎石建物跡の検出時に、礎石に囲まれたなかから扁平な礫が45個出土しました。写真はその一部です。礫にはお経が書かれていませんが、礫石経(一字一石経)の代用品と考えています。これらは、地鎮具(じちんぐ)として使われたと推測しています。

カテゴリ:龍源寺跡

2016年7月14日

龍源寺跡 平成28年度整理情報(2)

龍源寺跡では、今年度末の報告書刊行に向かい本格整理作業を行っています。現在、発掘調査で出土した遺物の復元・実測と、デジタルトレースにより報告書に掲載する図面を作成しています。

【遺物復元】

発掘時に破片で出土した中世の土器を接合した後、空白部分に石膏を入れて復元している様子です。

【土器実測】

中世の遺構から出土した陶磁器(古瀬戸の平碗)を実測している様子です。

【図面の作成】

報告書に掲載する図面を作成しています。写真は、龍源寺跡とその周辺の地質図を作成している様子です。

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2016年7月7日

龍源寺跡 平成28年度整理情報(1)

平成28年6月29日・30日、立正大学教授 時枝 務氏(ときえだ つとむ 専門:宗教考古学)を招へいして龍源寺跡の検出遺構と出土遺物について指導していただきました。
 龍源寺跡からは、3間×3間の礎石(そせき)建物跡が発見されていますが、時枝氏によると、建物の性格は「仏堂(ぶつどう)」と解釈できることと、15世紀の仏堂の調査例はほとんどなく、貴重な調査例になるとの指摘を受けました。

【指導の様子】

調査で記録した図面をもとに、礎石建物跡の礎石の組み合わせや、遺跡が立地する谷状地形内の空間構成について指導を受けている状況です。



【扁平な小礫】

礎石建物跡の検出時には、扁平な小礫が45個出土しました。遺跡が立地する谷状地形には含まれていない石材であることから、礫に炭でお経を書いた礫石経(れきせききょう)の代用品の可能性が高い指摘を受けました。

カテゴリ:龍源寺跡

2015年8月25日

龍源寺跡 平成27年度調査情報(2)

―龍源寺跡の調査が終了しました-

今年4月に開始した調査が、7月31日をもって終了しました。調査対象地が神之峯城主の知久氏が建立した18箇所の寺院(知久十八ケ寺)のひとつである「龍源寺」の推定地であったため、「龍源寺跡には寺院跡は存在するか?」という課題のもと調査を行ってきましたが、中世(15世紀以前)に比定されるお堂の可能性が高い礎石建物跡が発見され、かつ、中世の遺構は、谷状地形のなかを大規模に造成して平坦化した後につくられていることがわかり、大きな成果を上げることができました。

 

【中世の礎石建物跡の精査風景】

写真中央に礎石建物跡があります。写真は建物跡の広がりを調べている風景です。


 

【中世の礎石建物跡の全景】

建物跡は桁行3間、梁行3間(約5m四方)です。礎石の配置(3間堂)から、お堂の可能性が高い建物と考えています。礎石には、江戸時代以降に抜き取られたものもありました。写真は、調査でみつかった礎石(すでに礎石が遺存しない場所は、礎石の推定地)に模擬柱を立てて、建物の雰囲気がわかるようにしました。

 

【空撮の写真】

玉川上空からラジコンヘリで撮影した写真です。龍源寺跡は玉川方向に開けている谷状地形に立地していることと、中世の礎石建物跡は、谷状地形のほぼ中央部(写真の)にあることがわかります。

 

【発掘調査終了式】

7月30日、現場のプレハブで発掘調査終了式を行いました。

傾斜地にある龍源寺跡の調査は困難をきわめましたが、飯田市鶯ケ城跡や神之峯城跡など、傾斜地での調査経験をもつ多くの作業員さんの皆さんのご努力によって無事に調査を終了できました。

調査でみつかった礎石建物跡と知久十八ケ寺のひとつ「龍源寺」との関係については、今後、整理作業等で明らかにしたいと考えております。

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2015年5月1日

龍源寺跡 平成27年度調査情報(1)

【作業開始式の様子】

4月17日に作業員開始式を行い、いよいよ発掘作業が本格化しました。

遺跡は、神之峯城主の知久(ちく)氏がつくった18箇所の寺院のひとつである龍源寺の推定地とされています。

 

【調査区全景】

調査区は北西方向に開け、尾根に囲まれた小さな谷の中です。現在、試掘調査を進め、土の堆積状況の観察などを行っています。

 

カテゴリ:龍源寺跡

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