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西一里塚遺跡群ほか

ふりがな
にしいちりづかいせきぐん 
住所
佐久市岩村田・平塚  マップ
立地
濁川右岸の台地および低地 
事業名
中部横断自動車道建設 
調査期間
平成16-18年 
時代
弥生・古代・近世 
遺跡の種類
集落跡・墓跡・水田跡 
備考
濁り遺跡・久保田遺跡 

2012年4月24日

「濁り(にごり)遺跡 久保田遺跡 西一里塚遺跡群」報告書刊行

書名:濁り遺跡 久保田遺跡 西一里塚遺跡群

副書名:中部横断自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書4 -佐久市内4-

シリーズ番号:106

刊行:2012年(平成24年)3月

 

佐久市塚原・平塚・岩村田地籍に所在する3遺跡を収録した報告書『濁り遺跡 久保田遺跡 西一里塚遺跡群』を3月に刊行しました。中部横断自動車道建設に伴う発掘調査では最初の報告書刊行となります。

濁り遺跡と久保田遺跡は隣接し、一連の遺跡と考えらます。掘立柱建物跡2棟、溝などからなる9世紀後半の集落跡が発見されました。遺物では墨書・刻書土器や木製品が出土しています。

西一里塚遺跡群では弥生時代中・後期の集落跡、墓跡および平安時代から近世以降の水田跡が発見され、佐久地方では調査事例の少ない低地利用の様子が明らかとなりました。弥生時代の遺物では人形土器や鉄釧・鉄剣などの稀少遺物の他、建築部材や農具などの木製品が出土したことが特筆されます。

 

【刻書土器】

濁り遺跡からは墨書・刻書土器が破片資料も含めて計57点出土しました。「人」(あるいは「入・「∧」)と書かれた墨書が最も多いですが、写真の「有」や「南」といった刻書土器もみられました。

 

【弥生時代の建築部材】

西一里塚遺跡群では木製品が約230点出土しています。写真は弥生時代後期の木材溜まりから発見されたもので、建築部材の破風板です。長さ約123㎝の大形品です。

 

【もうひとつの人形土器】

写真は、西一里塚遺跡群から出土した弥生時代の人形土器です。顔の一部のみですが、以前整理情報で紹介したものを含め、2点の人形土器が発見されたことになります。

カテゴリ:西一里塚遺跡群ほか

2012年3月6日

西一里塚遺跡群ほか 平成23年度 整理情報

西一里塚遺跡群・濁り遺跡・久保田遺跡
報告書刊行へ向けて整理作業進む!

 

平成21年度から整理作業を進めてきた、佐久市西一里塚遺跡群・濁り遺跡・久保田遺跡は3月の報告書刊行へ向けて最終段階に来ています。
これら3遺跡は、佐久平駅の南の濁川右岸に位置しており、23,000年前の浅間山を構成する黒斑山の噴火による塚原土石なだれの残丘(流れ山)と低地、微高地という多様な地形の上に営まれていました。
濁り遺跡と久保田遺跡は隣接し、一連の遺跡と考えられます。掘立柱建物跡2棟と溝1条と土坑が発見され、9世紀後半の集落跡であることがわかりました。
西一里塚遺跡群は微高地と流れ山上には弥生時代中・後期の集落域と墓域が展開し、低地では平安時代以降の水田跡が計4面も発見されました。

 

【木棺墓からみつかった鉄釧】
西一里塚遺跡群の弥生時代の墓跡には、方形周溝墓、円形周溝墓、木棺墓、土器棺墓があります。円形周溝墓の1基からは鞘付の鉄剣が、木棺墓の1基からは鉄釧がみつかりました。鉄釧には絹の繊維が付着していたことがわかりました。

 

【人形土器】 
西一里塚遺跡群の墓域からは、ほぼ全体像がわかる人形土器(ひとがたどき)の出土がみられたことも調査成果のひとつです。全長約28cm、弥生時代後期の遺物と思われます。頭部は平成16年、左腕部は平成17年度、胸部以下は整理作業でみつかり、全体像がわかりました。

 

【弥生時代の農具:鍬身】
西一里塚遺跡群出土。佐久地方では調査事例が少ない低地から、木製品が約240点出土しました。弥生時代の木製品は珍しく、なかでも農具(鍬身・鍬柄・木鎌など)や建築部材(破風板など)の出土が注目されます。

 

【弥生時代の農具:鍬柄】

 

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2009年9月10日

西一里塚遺跡~整理室だより(1)

本格整理作業始まる!
平成13年から開始された中部横断自動車道建設に伴う発掘調査は現在も続けられていますが、4月からは西近津遺跡群・西一里塚遺跡他の整理作業を開始しました。今回は西一里塚遺跡についてご紹介します。

 

多様な地形上に営まれた西一里塚遺跡
西一里塚遺跡は、佐久平駅の約1km南方の佐久市岩村田・平塚地籍に所在します。本遺跡は調査区が約500mに及び、平坦な台地、湿地状の低地、それに「流山(ながれやま)」と呼ばれる約23,000年前に発生した浅間山の塚原岩屑流れ(つかはらがんせつながれ)による残丘、という非常に起伏に富んだ地形上に営まれています。
今回の調査面積は25,100㎡に及びました。弥生時代中期後半から後期が主体の遺跡であり、当該期の竪穴住居跡13軒・円形周溝墓20基・方形周溝墓2基等が発見されました。これらは台地および残丘に構築されています。なかでも木棺墓からは鉄釧(てつくしろ:鉄製の腕輪)が、また円形周溝墓では鉄剣の出土をみたことは特筆できます。また近接地では、佐久市教育委員会による発掘調査が数次にわたり実施され、佐久地方初の弥生時代の環濠も発見された著名な遺跡でもあります。

 

低地から出土した弥生時代の木製品
佐久地方では例が少ない低地の調査によって、平安時代から近世までの水田跡3面が検出され、弥生面では自然流路と土坑から200点を超える木製品が出土しました。木製品には建築部材、曲柄平鍬(まがえひらぐわ)の柄部や直柄平鍬(なおえひらぐわ)の身部などがみられますが、乾燥を防ぐため水漬けした状態で保管してあります。

 

現在の整理状況


現在は、報告書作成に向けて図面及び土器・石器(約150箱)の整理を中心に行っています。図面については、現場で記録した図の修正およびそれらをパソコンによりデジタルトレースする作業を、また土器については分類・接合・復元・実測といった作業を、石器も分類・実測に取り組んでいます。土器・石器に続いては、鉄製品・木製品の整理にも着手する予定です。整理作業により、この遺跡のもつ多様な情報をまとめ、記録に残していくことになります。

カテゴリ:西一里塚遺跡群ほか

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