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ふじ塚遺跡

ふりがな
ふじづかいせき 
住所
諏訪郡下諏訪町社6922-4ほか  マップ
立地
砥川右岸の山裾で南向きの平坦地 
事業名
一般国道20号(下諏訪岡谷バイパス)改築工事 
調査期間
令和2年4月~令和2年6月 令和3年4月~令和3年7月 
時代
縄文・古墳・奈良・平安・近世 
遺跡の種類
散布地・古墳 
備考
 

2021年12月16日

ふじ塚遺跡 2021年度整理作業(1)

 約4万点に及ぶ礫石経の洗浄が終わり、10月からは注記、写真撮影、計測、文字の判読の作業を行っています。

 ふじ塚遺跡発掘たより_No.5

 

【注記】

 礫石経塚での出土場所が分かるように、機械を使って、礫石経1点ずつ注記を行います。

 

 

 

 

 

 

 

 

【写真撮影】

 1点ずつ作業用の写真を撮影します。礫石経の出土量は膨大なので、撮影した写真も使って整理作業を行います。

 

 

 

 

 

 

 

【計測】

 石にお経を書く時に、どのような石を選んでいるのか調べるために計測を行っています。直径約1.5~15cm、扁平な円礫から厚みのある角礫まで様々な形状の石が使われていることがわかってきました。

 

 

 

 

 

 

【文字の判読】

 「佛」「菩」「薩」「釈」「迦」「南」「無」「経」など誰でも読むことができる文字と、消えてしまい不明瞭な文字や墨痕がないものに分けることができます。現在私たちが目にすることがほとんどない旧字や異体字と思われる文字も含まれており、辞書で調べながらの作業になりますが、自分たちでは判読不可能な文字が多数あります。

 

 

 

【立正大学教授 時枝務先生の指導】

 宗教考古学がご専門の時枝務先生に判読の指導を受けました。間違った文字が含まれているので、文字を知らない人も書いている可能性があるようです。約4万点の礫石経を1点ずつ観察する気の遠くなるような作業ですが、ふじ塚遺跡の礫石経塚を解明していく上で重要な作業だと激励されました。

カテゴリ:ふじ塚遺跡

2021年7月5日

ふじ塚遺跡 2021年度発掘調査情報(2)

【⑨区の調査】

 北東から南西方向(写真右手から左上)に延びる溝跡が見つかりました。堆積の状況から、流路跡と考えられます。埋土からは黒曜石の破片が出土しただけなので、時期は不明です(写真中の赤い矢印は溝跡の底の傾斜)。




【⑯区の調査】

 重機を使って表土を掘削した後、作業員が精査したところ、土の色が変わった場所が数か所見つかりました。土坑と思われます。




【見つかった土坑を調査すると・・・】

 土坑を掘り下げたところ、そのうちの1基から、底面の中央に小さな穴が見つかりました。この小穴は獣を捕るために木を設置した跡と考えられ、この土坑は落し穴と思われます。落し穴の形状から、縄文時代のものと考えられますが、出土した遺物は黒曜石の破片のみなので、詳しい時期はわかりません。




【⑭区の調査】

 昨年調査した礫石経塚の北側と東側を調査しました(★印が礫石経塚発見地点)。礫石経塚をみつけた場所と同じような土が残っていたため、手作業で丁寧に掘り下げましたが、礫石経塚に関連する施設は確認できませんでした。礫石経塚は、単独で存在していたようです。

 

 

 

ふじ塚遺跡発掘たより_No.4




カテゴリ:ふじ塚遺跡,調査情報

2021年5月11日

ふじ塚遺跡 2021年度発掘調査情報(1)

 昨年度に引き続き、ふじ塚遺跡の発掘調査が始まりました。昨年度は、遺跡内に所在した「ふじ塚古墳」が戦国時代~江戸時代初頭の礫石経塚(れきせききょうづか)であることが判明しました。礫石経塚からは、小石に墨でお経を書いた礫石経が約4万点発見され、大きな成果をあげることができました。

 本年度の発掘調査は、調査区が6か所ありますが、礫石経塚発見地点のまわりも調査します。礫石経塚に関係する遺構や遺物が発見されることが予想されます。

 

本年度の調査区



【遺跡遠景】

 ふじ塚遺跡(写真白色矢印)は、諏訪湖の北側(湖北地域)にある南向きの斜面に立地します。遺跡の東側を流れる砥川の対岸には、下諏訪から佐久方面に通じる中山道(現、和田峠)が通っています。



【発掘開始式】

 下諏訪町役場から、しごと創生支援施設「ホシスメバ」の一画をお借りして、現場事務所としています。

 4月20日、埋文センター所長が来跡して開始式を行いました。



【発掘作業の様子】

手作業で表土をはぎ、遺構・遺物を検出している様子です。写真上に下諏訪町と岡谷市の市街地が見えます。



【トレンチの精査で見つかった土坑】

 土坑は直径約80cmの円形で、深さ約70cmです。埋土には直径約10cmの礫が混入しており、一昨年度、ふじ塚遺跡の西側にある一の釜遺跡で調査した土坑によく似ています。



【トレンチ調査の様子】

 手作業でトレンチを掘り、土層の堆積状況や遺構・遺物の存否を確認している様子です。掘り下げる過程で縄文土器片と黒曜石片が出土しました。トレンチ底面の精査で黒色土の落ち込みが見つかりました。今後、重機を使って表土をはぎ、面的な調査を行うことで落ち込みの規模・形状などを捉える予定です。



ふじ塚遺跡発掘たより_No.3 PDFデータ

カテゴリ:ふじ塚遺跡,調査情報

2020年12月15日

ふじ塚遺跡 2020年度 調査情報(3)

ふじ塚遺跡内にある「ふじ塚古墳」の調査を9月から本格的に行いました。墳丘部分にトレンチを掘ったところ、礫石経(れきせききょう:経文が書かれた石)がみつかりました。このことから、「ふじ塚古墳」は古墳ではなく「礫石経塚」であることがわかりました。

ふじ塚遺跡の今年度の調査は12月11日で終了しました。ご協力いただき、ありがとうございました。



【礫石経塚の発見】

盛土や礫を取り除くと、礫石経塚のつくられた当初の姿が明らかになりました。規模は約8m×5mで、縁には石列がありました。



【礫石経】

礫の大きさや書かれている文字の字体から、礫石経塚は、戦国時代の終わり頃から江戸時代の初め頃に作られたと考えられます。県内で調査事例は少なく、経塚の作られ方や礫石経の埋納方法が分かる今回の調査は貴重な事例になりました。



【出土した和鏡】

礫石経塚の中央から和鏡(銅製、径約8㎝)とほぼ完全な形のかわらけが出土しました。礫石経塚の建設時に仏教儀礼が行なわれていたと考えられます。

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2020年8月31日

ふじ塚遺跡 2020年度発掘調査情報(2)

  7月から発掘調査を開始し、今年度の調査範囲のうち、西側部分がほぼ終了しました。9月からは東側部分を中心に、古墳の調査を本格的に開始します。


【村絵図】

 
享保18年(1733)に描かれた、村絵図:

『諏訪藩一村限村地図』(すわはんいっそんかぎりむらちず)(諏訪史談会1956『諏訪史蹟要項10』)には、現在のふじ塚遺跡の位置に「藤塚と申す処」と書かれています。江戸時代にも、古墳の存在は知られていました。




【黒曜石製の石鏃】

 これまでに縄文時代・古代・中近世の土器・石器、陶磁器の破片などがみつかっています。完全な形の黒曜石製の石鏃も発見されています。



ふじ塚遺跡発掘たより№1(pdf1.25MB)

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