-発掘調査終了-
12月に入りさらに寒さが増す中、12月4日に発掘調査が終了しました。
調査終盤には、大人が6人も入るような大きな陥し穴がみつかりました。
【陥し穴】
陥し穴は長さ3.7m、幅1m、深さ1.2mで大人6人が入れる大きさです。つくられた当時の地表面からは更に深く掘り込まれていたと思われます。穴は下に向かう程、細く狭くなります。穴の底には小さなピットが縦に並んで7ヶ所みつかりました。ピットの底は尖っていることから、先を尖らせた杭を打ち込んだ逆茂木(さかもぎ)の跡と考えられます。底に近い部分の壁面のほぼ全面に短冊状の掘削痕がみられました。
【いつ、だれがつくったのか】
こうした落とし穴は、八ヶ岳山麓の遺跡でしばしばみつかります。原村の南平遺跡では逆茂木痕に残っていた木材の年代測定により中世後半頃につくられた穴と考えられています。今回みつかった穴の逆茂木痕にも木材が残っていました。今後年代測定などの科学分析をすすめて、くわしく調べていく予定です。旧石器時代ばかりでなく、中世にも狩人たちがシカなどの獲物を求めてここを訪れてきたのでしょうか。
真冬並みの寒波で、八ヶ岳も冠雪しました。
【標高1300mの発掘調査】
凍てつく寒さのなか、地元のみなさんの協力をえながら調査を進めています。
【石器がみつかったようす】
白い箸を立ててある場所が石器の出土した地点です。旧石器時代の石器はこのようにまとまって出土することがあります。このまとまりをブロックと呼んでいます。これまでに3ヶ所のブロックを確認しました。2ヶ所のブロックは黒曜石、1ヶ所のブロックは水晶が石器の材料となっています。
【水晶製の石核】
水晶は透明度が高く、宝石のようです。画像のような水晶製の石核が4点みつかりました。観察すると打ち欠いた痕があります(写真上)。旧石器時代の人々が石材として利用していたことがわかる資料です。
11月に入り、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた矢出川第Ⅷ遺跡から、新たな情報をお届けします。
【ナイフ形石器みつかる】
11月5日、調査情報(2) でお知らせしたブロックのはずれから、大型のナイフ形石器が出土しました。
分厚い木の葉の形をした黒曜石の縦長剥片を素材としています。
加工はわずかですが、その名のとおり「ナイフ」のような形をしています。
約3~2万5千年ほど前のものと推測されます。野辺山高原では最古級となる可能性が高まってきました。
―矢出川遺跡群の調査が進んでいます―
10月より調査が開始された矢出川遺跡群の最新の情報をお届けします。
【石核出土状況】
旧石器時代の石器の多くは石塊から打ち剥がされた石のかけらを素材として作られます。
打ち剥がされたかけらを「剥片(はくへん)」、残った石塊を「石核(せっかく)」と呼びます。
今回、黒曜石の石核(せっかく)がローム層中から出土しました。白っぽい色調の特徴から、八ヶ岳北部産の黒曜石と考えられます。
【石核のインプリント】
石核を地面からはずしてインプリント(遺跡に残された石器の圧痕)の記録をとりました。インプリントは長年石器が埋まっていた証拠となります。
【旧石器時代のブロック】
石器の集中出土地点(ブロック)を1ヶ所発見しました。このブロックからは10/25までに66点の黒曜石製の石器がみつかっています。石核のほか、ナイフ形石器(ないふがたせっき)や石刃(せきじん)があります。石器の特徴から3~2万年前のナイフ形石器文化の時期の石器群の可能性が考えられます
―矢出川遺跡群の調査が始まりました―
10月1日より南牧村野辺山高原にある矢出川遺跡群(矢出川第Ⅷ遺跡)の農道拡幅に伴う発掘調査が始まりました。矢出川遺跡群は野辺山高原一帯に広がる旧石器時代の遺跡で、八ヶ岳の黒曜石などを利用した石器製作跡が大量に発見されています。今回の調査でも、ナイフ形石器を中心とした旧石器時代の遺物がみつかると期待されます。
矢出川第Ⅷ遺跡は標高1,300m程、野辺山高原南東部の山沿いの傾斜地にあります。過去の発掘調査や試掘調査でナイフ形石器、石槍などが発見されています。遺跡の南西に八ヶ岳を望み、近くには国立の宇宙電波観測所があります。
矢出川第Ⅷ遺跡から約3kmほど離れた所には矢出川第Ⅰ遺跡があります。芹沢長介・由井茂也氏らによって日本で初めて細石刃石器群が発見された場所で、学史上重要な遺跡として広く知られています。現在は国指定史跡として保存されています。
表土剥ぎのようす。
奥では重機で舗装と路盤を剥がしています。
手前では重機で取りきれなかった路盤砕石を人力で剥がしながら、表面を精査しています。
1年前の南牧村教育委員会の試掘調査時に発見された黒曜石。
よく調べてみると、石核という種類の石器でした。
旧石器時代の石器の多くは石塊から打ち剥がされた石のかけらを素材として作られています。