トップ > 調査情報 > 東信 > 近津遺跡群

近津遺跡群

ふりがな
ちかついせきぐん 
住所
佐久市大字長土呂  マップ
立地
浅間山麓の田切り台地 
事業名
中部横断自動車道建設 
調査期間
平成19-21年 
時代
古墳・平安 
遺跡の種類
集落跡 
備考
 

2012年3月1日

近津遺跡群ほか 平成23年度 整理情報

中部横断自動車道は、昨年度末に上信越自動車道と接続する佐久小諸JCTから佐久南IC間が開通しました。現在、この間で調査された遺跡の整理作業が進められています。この近津遺跡群他の整理作業の状況を紹介します。

 

田切りの縁につくられた村

 

【近津遺跡群調査区全景(西から)】
遺跡の周辺は浅間山麓に厚く堆積した火砕流を河川が浸食した「田切り地形」が特徴的に見られます。近津遺跡群はこの田切りの谷に沿った台地縁辺に立地する古墳時代と平安時代の集落跡です。写真の左側に帯状に見える水田部分が田切り谷で、遺跡の広がる台地とは15m以上の比高差があります。
調査では古墳時代と平安時代の小規模な集落跡が発見されました。古墳時代では前期の住居跡29軒が、延長700m程の調査地区内に数箇所のまとまりを持つように検出されています。
佐久地域では広い台地上に形成された弥生時代後期の大規模集落が、古墳時代に継続せず、河川や田切りの縁などに分散・小規模化することが知られていて、近津遺跡群や隣接する小諸市鎌田原遺跡群はこうした状況を示す遺跡といえます。

 

【近津遺跡群出土の土器】
近津遺跡群ほか2遺跡の整理作業は、今年度から本格的に実施しています。整理作業では、出土遺物の分類、接合・復元作業を行い、現在実測作業を進めています。
出土遺物の詳細な検討はこれからですが、近津遺跡出土の古墳時代前期の土器は、弥生時代からの影響を残した土器に、器台等の新しい器種が加わって構成されている様子がわかってきました。
来年度は報告書刊行に向けて、出土遺物と検出された遺構との関係や周辺遺跡との比較・検討などにより、佐久地域における古墳時代前期の様相の一端が明らかにされるよう整理作業を進めていきます。

カテゴリ:近津遺跡群

2009年12月28日

近津遺跡群(3)~最新遺跡情報

発掘調査が終了しました。
 
3年間にわたって調査を行ってきましたが、12月8日をもってすべて終了しました。高速道路の工事はもうすぐ隣まで来ています。

カテゴリ:近津遺跡群

2009年7月22日

近津遺跡群(2)~最新遺跡情報

春から再開した近津遺跡群の調査は、調査区北東部の3区の調査が終了し、現在調査区中央の5区の調査を行っています。調査地点は雑木林であったため、たくさんの木の根が残っていて、まずその根を取り除くことから始まりました。その結果、古墳時代前期の住居跡が2軒、平安時代の住居跡3軒が見つかりました。
 
 たくさんの木の根を切りながら調査を行っているところです。

古墳時代の住居跡を掘り下げています。

古墳時代前期の住居跡です。住居の隅(写真左手前)に長方形の穴が掘られていました。何に使われたものでしょうか?

平安時代後期の住居跡です。隅(写真左奥)に煮炊のためのカマドがあります。

平安時代後期の住居のカマドの跡です。石を組んで作られています。中央部分に、土に埋まった小さめの平な石が残っていました。これは煮炊に使われた土器を支えるための石で支脚石(しきゃくいし)とよばれています。

平安時代後期の住居跡です。写真左奥の部分が張り出しています。昨年の調査でも似たような住居跡が見つかっています。

カテゴリ:近津遺跡群

2009年6月24日

近津遺跡群(1)~遺跡紹介

古墳時代の竪穴住居跡。少量の土器が出土している。柱穴や炉・カマドは見つからない。小諸市との境になる湧玉川(わくたまがわ)の田切りに面した台地上に営まれた古墳時代・平安時代の比較的小規模な集落跡です。
平成20年度からの継続調査で、今年度は3地区で8,500m²ほどの調査を予定しています。
古墳時代の竪穴住居跡4棟と平安時代の竪穴住居跡1棟、縄文時代の落とし穴がみつかっています。



調査前風景 カラマツ林の向こうに煙をあげる浅間山が見える。調査前風景 カラマツ林の向こうに煙をあげる浅間山が見える。

縄文時代の落とし穴の調査。直径1.2mほどの円形で深さは90㎝あります。縄文時代の落とし穴の調査。直径1.2mほどの円形で深さは90㎝あります。

古墳時代の竪穴住居跡を調査しています。古墳時代の竪穴住居跡を調査しています。

カテゴリ:近津遺跡群

ページのトップへ