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琵琶島遺跡

ふりがな
びわじまいせき  
住所
中野市豊津字大日影  マップ
立地
千曲川にせり出した舌状台地の末端部 
事業名
県道豊田中野線道路新設事業  
調査期間
平成23年・24年4月-10月・25年4月-7月 
時代
縄文・弥生・古代・中世 
遺跡の種類
集落跡 
備考
 

2012年4月26日

琵琶島遺跡 平成24年度調査情報(1)

―千曲川べりの弥生時代の遺跡―

昨年度にひきつづき、琵琶島遺跡の調査を開始しました。本年度は、昨年度調査区(西区)からは約6m近く下がった東側(東区)の調査をおこないます。調査区は南北に長く広がって、東端のすぐ下には、千曲川が流れています。中野市教育委員会が一昨年度試掘調査をした地点では、弥生時代中期後半の竪穴住居跡が3軒みつかっていて、今年度も大きな成果が期待されます。また、昨年度の調査区で多数みつかった時期不明の土坑群との関連、それらの土坑群の性格を明らかにすることも、今年の調査の重要な課題です。

 

【東区南部の表土剝ぎ(南西方向から)】

表土剝ぎを始めました。圃場整備によって、西側の崖寄り部分(写真左側)は大きく削平されている様子で、現水田も含め30㎝ほどで地山の砂礫層になってしまいました。

 

【弥生時代中期後半土器包含層の掘り下げ(北西方向から)】

調査区南部の表土剝ぎをした東側部分には、幅2m以上で厚さ約60cmの黒色土が堆積しています。上部の20㎝ほどの中に、今から約2,000年前の弥生時代中期後半の土器片が集中してみつかっています。多くは小片ですが、あまり磨滅がなく、遠くから時間をかけて流されてきたものではないようです。これらの遺物は、どこから来たのでしょうか?

 

【弥生時代の壺形土器】

遺物包含層から出土する遺物は、ほとんどが土器です。さらに、その土器の大部分が、今から約2,000年前の弥生時代中期後半の「栗林式土器」です。写真は、壺の肩の部分(左側)と底の破片です。

 

【掘立柱建物跡見つかる!】

調査区北部の千曲川寄りの部分からは、黒色や褐色の土で埋まった直径20cmほどの丸い穴がいくつもみつかりました。なかには長方形に穴が並び、1間×2間の掘立柱建物跡になるものもあるようです。弥生時代中期のものが多いと予想されますが、これからの詳細な調査によって、明らかにしていければと考えています。

カテゴリ:琵琶島遺跡

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