Research調査情報

2011年1月20日

北裏遺跡群(6)~最新遺跡情報

発掘調査が終了しました。
 
調査の最終段階で、弥生時代後期の木棺墓が発見されました。木棺は大きさ150cm×55cmほどの長方形です。壺・甕などの土器がほぼ完全な形で出土しています。焼土の塊も確認されるなど、当時の埋葬事例として貴重な発見となりました。

北裏遺跡群

2010年11月12日

北裏遺跡群(5)~最新遺跡情報

発掘調査も終盤に入りました。方形周溝墓や中世の竪穴建物は完掘にいたり、調査区南で発見された弥生後期土器の集中出土については現在調査を進めています。また10月には、これまで遺構の存在が不鮮明であった縄文時代について、中期初頭と考えられる土坑を発見しています。
 
【調査地区の遠景】
 ・弥生時代後期の遺構検出状況です。南側に隣接する西東山遺跡より撮影しています。

【方形周溝墓】
 ・弥生後期から古墳時代前期と考えられる周溝墓です。雨や出水に悩まされながらも、ようやく完掘にいたりました。

【竪穴建物跡】
 ・中世のものと考えられる建物跡です。一辺は3mほどあり、床面には柱の礎石と考えられる石が置かれていました。

【弥生後期土器の集中出土】
 ・西東山遺跡に近い丘陵の裾部より、壺や鉢などがまとまって出土しています。現在周辺も含め調査中です。

【縄文時代の土坑】
 ・中期初頭と考えられる直径1m、深さ40cmの土坑が発見されました。底面に近いところからこぶし大の円礫が、上部からは縄文土器片が出土しています。まだ調査中ですが、土坑断面はフラスコ形のようです。

北裏遺跡群

2010年10月18日

北裏遺跡群(4)~最新遺跡情報

 4月より開始した調査も、いよいよ後半に入りました。これまでに弥生時代から中世の遺構を発掘しています。調査区は次第に南側に移っていきますが、今回、弥生時代後期の土器がまとまって出てくる場所が確認されるなど、新たな発見がありました。
 
【発掘調査の様子】
 ・9月30日には、ラジコン・ヘリコプターを使用した航空写真の撮影がありました。写真は、空撮前に調査区を掃除しているところです。

【弥生後期の竪穴式住居跡】
 ・この住居跡は焼失したもののようで、床面には多くの炭化材が残っていました。

【弥生後期~古墳前期の方形周溝墓】
 ・雨で周溝内に水がたまっています。残念ながら、遺体を安置した場所や棺などは、発見できませんでした。近現代の耕作で破壊されたようです。

【弥生後期の壺形土器の出土状況】
 ・調査区の南側で、小形の壺や台付き甕がいくつか完全な状態で発見されました。現在、その性格を追跡しているところです。

【弥生後期の台付き甕の出土状況】
・上の写真と同様に発見されました。

北裏遺跡群

2010年9月2日

北裏遺跡群(3)~最新遺跡情報

夏の調査は暑さとの戦い。乾きで遺構を痛めぬよう万全を期しての記録作業です。

【発掘の様子】

・炎天下、発掘調査は着実に進む。茶色い楕円形状の部分が柱状の穴の跡です。 ていねいに掘り進められます。

・記録調査も進んでいきます。出土した土器は、その位置を正確に図面に記録します。強い日差しに負けず、細かな仕事に精を出します。

・写真も重要な記録のひとつ。乾燥した地面にじょうろで水をまき、凹凸をうまく表現させます。 高所から大型のカメラで写真を撮ります。

【弥生時代の遺構】
・一辺20mもある方形周溝墓は巨大です。掘り上げた周溝に入ってみます。 この墓の棺は残念ながら発見できませんでした。どんな人物が埋葬されていたのでしょうか。 弥生時代後期(1800年前ころ?)のものと推定されます。

・方形状に掘りくぼめた遺構が発見されました。カマドや柱の穴を持ちませんが、周囲に溝が方形に巡ります。中世の可能性を示す竪穴状の施設と考えておきます。関連資料の情報提供を望みます。

【中世の遺構】
・ 中世の立派な井戸を発掘しました。板材を枠状に組み合わせた構造で、現在の地面から3mもの深さに 掘り込んで作られていました。

北裏遺跡群

2010年7月22日

北裏遺跡群(2)~最新遺跡情報

県道相浜本町線に近い場所には150以上の柱穴群が見つかりました。遺物がほとんど出土しないため、時期がわかりませんが、古代以降の柱穴群と考えています。

柱穴の断面です。しっかりとした掘りこみが確認できます。

方形周溝墓です。人が並んでいる低い部分が周溝、その内側がお墓になります。お墓の部分は削られていて残っていませんでした。

水が溜まった方形周溝墓の周溝です。今年は雨が多く毎日のように発掘現場が水没してしまいます。

北裏遺跡群

2010年5月14日

北裏遺跡群(1)~遺跡紹介

 北裏遺跡群は、虚空蔵山(こくぞうさん)の北側台地上から片貝川が流れる低地にかけて広がっています。今年度は昨年度調査した低地の上にあたる台地上の調査を行っています。
 今年度の調査予定面積は10,180㎡で、台地の落ち際の北から、丘陵裾の南に向かって調査を進めています。およそ2,500㎡の表土剥ぎが終わり、弥生時代中期と古代の竪穴住居跡が20軒以上見つかっています。遺構の密度が高いことから、かなり大きな規模の集落があったことが分かってきました。
 
虚空蔵山物見台から北に向かって手前から北裏遺跡群、佐久平、浅間山を望みました。

調査区南西側から見た調査風景です。写真手前左側の土が黒い部分には竪穴住居跡がありそうです。

河原石を敷詰めた上に木製の棺を設置する弥生時代の墓跡、礫床木棺墓(れきしょうもっかんぼ)と思われます。

古代の竪穴住居跡内にあるカマド付近の掘り下げをしています。たくさんの土器が見つかっています。

竪穴住居跡の調査風景

弥生時代の竪穴住居跡の調査風景

弥生時代の磨製石斧(ませいせきふ)です。

弥生時代中期初頭の土器です。信州の弥生文化が始まったころの土器です。

古代(平安時代)の土器片です。

弥生土器と石鍬

縄文時代中期初頭の土器片です。

北裏遺跡群

2009年6月24日

北裏遺跡群(1)~遺跡紹介

北裏遺跡群は、虚空蔵山(こくぞうさん)の北側台地上から片貝川が流れる低地にかけて広がっています。今年度は低地部分の300㎡を調査しました。
その結果、縄文時代から古代までの土器片は出土しましたが、住居跡などの遺構はみつかりませんでした。
遺跡の中心は、来年度以降調査予定の南側の台地上にあるようです。
 
南側の台地上から撮影しました。遠くにみえるのは浅間山です。南側の台地上から撮影しました。遠くにみえるのは浅間山です。

一部で土器を比較的多く含む地層が広がっていたため、ていねいに掘り下げを行いました。一部で土器を比較的多く含む地層が広がっていたため、ていねいに掘り下げを行いました。

調査は5月11日をもって、すべて終了しました。調査は5月11日をもって、すべて終了しました。

北裏遺跡群

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