Research調査情報

【調査情報】北信

2015年4月22日

浅川扇状地遺跡群(三輪地区) 平成27年度調査情報(1)

長野県短期大学の校庭及び附属の幼稚園跡地に新県立大学の校舎を建設します。これに伴い浅川扇状地遺跡群の発掘調査を4月から開始しました。

 

【試掘調査の開始】

現在の校庭は、かつて短期大学の校舎が建っていた場所です。遺跡に関わる遺構や遺物は存在しないか、存在していたとしても、すでに破壊されていると考えられていました。今回、発掘調査を開始するにあたり、そのことを確認するため、試掘調査をまず実施しました。


【東西方向のトレンチ】

校庭内の南側を東西方向にトレンチ掘りをしました。遺物や遺構は認められませんでした。この場所は過去の工事で破壊を受けているというよりも、遺構がない部分であることがわかりました。

北信,浅川扇状地遺跡群(三輪地区)(2017年刊行),調査情報

2015年4月22日

浅川扇状地遺跡群 平成27年度整理情報(1)

本年度から整理作業を本格的に開始しました。

 

【整理作業のようす】

出土した土器の接合・復元、さらには発掘作業で作成した図面等の修正作業をまずは行っていきます。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2015年4月22日

浅川扇状地遺跡群 平成27年度調査情報(1)

平成27年度は調査地の最南端を発掘します。小さな土地の区画をひとつひとつ発掘する地道な調査が再開します。本年度は調査研究員3名、発掘作業員30名程度で調査を進めます。ご協力のほど、よろしくお願いします。

 

【調査開始、遺跡をさがせ】

調査開始。みんな一列になって遺構の検出に取り組んでいます。「土の色の違いに気をつけて。なにか出たら知らせてね。」と調査研究員の指示の声が聞こえるようです。

 

【大形の土器破片を発見】

さっそく、土器が出土しました。古墳時代の高坏(たかつき)の大形破片です。ていねいに全体の形を出していきます。

 

【出土位置を記録】

高坏の大形破片は住居跡などの遺構内ではなく、遺物を含む土層から出土しています。念のため出土位置はしっかりと記録しておきます。

 

【溝跡を確認】

遺構の検出作業を進めているうちに、溝跡の一部と考えられる黒色土の落ち込みを確認しました。慎重に調査していきましょう。

 

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2014年12月15日

塩崎遺跡群 平成26年度調査情報(6)

塩崎遺跡群では、今年2回目の空撮を行いました。発掘調査が終盤を迎えようとする中で、調査区東側(市道32253号線東側)の1-2区では礫床木棺墓が多数発見されました。また、調査区西側(同上市道西側)の2-2区でも竪穴住居跡が幾重にも重なる状態で確認されています。

【第2回目の空撮を終える】
11月11日に、調査区東側1-2区の空撮を行いました。これまでに、弥生時代中期から平安時代、中世までの竪穴住居跡や溝跡、土坑が多数発見されています。

 

 

 

 

 

 

【古代の墓を調査中】
1-2区では、弥生時代中期の礫床木棺墓の調査を行っています。礫床木棺墓からは、人間の歯や骨のほかに、約20点以上出土した管玉とほぼ完全な形の弥生時代中期の土器などが発見され注目されます。

 

 

 

 

 

 

【複雑に重複する遺構】
9月中旬より2-1区からその南側に接する2-2区に調査の中心が移っています。2-2区では、竪穴住居跡が60軒ほど発見されています。これらの竪穴住居跡は、弥生時代中期から平安時代にかけてのものと思われ、いずれの遺構も複雑に重複しています。

北信,塩崎遺跡群,調査情報

2014年11月12日

浅川扇状地遺跡群 平成26年度調査情報(6)

-市街地に眠る古代の遺跡-

4月から始まった平成26年度の発掘調査も、残すところ1か月となりました。10月末で今年度予定していた桐原地区の調査が終了し、11月4日より吉田田町地区、長野電鉄長野線立体交差工事エリア内の調査を開始しました。中世以降の生活面と、弥生時代~古代の2面の調査を予定しています。

 

【平安時代の竪穴住居跡調査風景】

住宅街での発掘調査は大変です。現代の下水道管などと同じ深さで平安時代の竪穴住居跡もみつかります。

 

【吉田田町地区調査風景】

幅約2m長さ約16mの狭い地区ですが、平安時代竪穴住居跡の一部が検出されました。

 

【平安時代の竪穴住居跡から出土した土師器(甕)】

竪穴住居跡の壁際から、完全な形に近い小形の甕がみつかりました。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2014年10月27日

塩崎遺跡群 平成26年度調査情報(5)

塩崎遺跡群では、9月中旬より、これまで調査してきた地区(2-1区)の南側の表土を掘削し、新しく調査区(2-2区)を設定し、発掘調査を開始しました。今までの調査区同様、多くの竪穴住居跡や土坑が検出されています。

 

【新たな調査区の発掘調査開始】

遺構検出をおこなったところ、竪穴住居跡が60軒程度あると予測され、今までの調査区同様に遺構の密度が大変高いことがわかりました。現在、約10軒の調査を進めています。

 

【古代の墓】

2-2区では、長方形(長さ1.4×幅0.8m)の土坑(SK2242)から人骨が出土しました。南東部から歯が出土しています(矢印)。2-2区の東隅では、同様に長方形で、長軸が南東-北西方向の土坑が4基見つかっています。それぞれ、副葬品は今のところありませんが、歯や土器片が出土しており、古代の墓と考えられます。

 

【土錘がまとまって出土】

2-1区の奈良時代の竪穴住居跡(SB2079)から焼き物の漁網のおもりである土錘(どすい)が6点出土しました。塩崎遺跡群発見のムラは、千曲川に近い立地でありながら、土錘の出土は今まであまりありませんでした。今回の出土資料から、古代の漁撈について考えることができるようになりました。

北信,塩崎遺跡群,調査情報

2014年10月10日

塩崎遺跡群 平成26年度調査情報(4)

塩崎遺跡群の第1回空撮を行いました。今後、昨年度調査した地区の北側と2-1区の南側の調査がさらに続きます。密度が高い遺構の調査が続いています。また、現地説明会、大学生のインターンシップ、小学生の見学など、多くの普及啓発活動も8月から9月にかけて行われました。

 

【塩崎遺跡群の空撮無事終了する】

塩崎遺跡群では、8月6日に本年度の調査区の西側(2-1区)の空撮を行いました。これまで、弥生時代中期から中世に至る時期の竪穴住居跡・溝跡・墓などの発掘をすすめてきました。小形勾玉や管玉、各時期の土器などがたくさん出土しました。

 

【千曲川沿いにならぶ古墳の発掘】

昨年度の調査に引き続き、調査地区東側で千曲川よりの場所からは古墳時代中期(今から約1,500年前)の古墳がみつかりました。古墳の周溝からは、たくさんの土器が出土しました。その中には、焼く前に底に穴を空けた土器があり、その用途などが注目されます。

 

【役人の存在を示す奈良時代の硯(すずり)】

奈良時代の竪穴住居跡からは、円面硯(えんめんけん)や中が空洞になっている中空円面硯(ちゅうくうえんめんけん)(左写真)と呼ばれる珍しい硯が出土しました。

 

北信,塩崎遺跡群,調査情報

2014年9月17日

浅川扇状地遺跡群 平成26年度調査情報(5)

-市街地に眠る古代の遺跡-

清林寺南側の地区の調査開始より1か月が過ぎました。現在、平安時代の竪穴住居跡6軒、溝跡2条、土坑約20基を調査中です。調査地からは、平安時代の土師器・須恵器・緑釉陶器、近世幕末以降の天保通宝の土製模造貨がみつかりました。

 

【平安時代の竪穴住居跡から出土した土師器(坏)】

床面から完全な形に近い土師器がまとまって出土しました。

 

【緑釉陶器(椀)】

竪穴住居跡などの遺構を検出した面から、緑釉陶器がみつかりました。胎土の様子や器形、釉薬の色などから、京都で作られて遺跡に持ち込まれたものと考えられます。

 

【土製模造貨】

天保通宝は江戸時代から明治時代まで使われていた貨幣で、その土製模造貨が近世以降に掘られた穴からみつかりました。模造貨は、実際の天保通宝の半分以下の大きさで、玩具として使われていた可能性が考えられます。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2014年8月21日

浅川扇状地遺跡群 平成26年度調査情報(4)

-市街地に眠る弥生時代の遺跡-

調査開始より4か月が過ぎました。4月から調査を続けてきた桐原地区(4区・3c区)の調査が終了し、昨年弥生時代~中世の遺構が確認された清林寺南側(3a②区)の調査を開始しました。また、昨年度、口縁が二段になる壺が2点出土した弥生時代後期末の方形周溝墓と考えられるの周溝の一部を調査し、口縁が二段になる壺がもう1点みつかりました。

 

【弥生時代後期の竪穴住居跡】

竪穴住居内に建築部材と思われる炭化した木材が残っていました。

 

【竪穴住居跡から出土した土器(高坏)】

弥生時代後期の竪穴住居跡入り口と思われる場所から、完全な形に近い高坏が出土しました。

 

【弥生時代後期末の方形周溝墓から出土した壺】

周溝から、口縁が二段になる壺や大きめの破片が出土しました。口縁が二段になる壺は昨年度発見例を合わせると3点目になります。今年度の調査で、周溝の南東角が確認され、1辺が約12mの方形周溝墓の可能性が高くなってきました。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2014年7月14日

塩崎遺跡群 平成26年度調査情報(3)

現在、市道32253号線をはさんだ西側の1-2区と東側の2-1区の二つの地区で調査を進めています。いずれも弥生時代から平安時代までの竪穴住居跡や墓が重なっており、新しい時代の遺構から順番に調査を進めています。

 

【重なりあう竪穴住居跡の調査】

2‐1区では、弥生時代から平安時代にいたる竪穴住居跡が50軒以上重なっています。古い時代の竪穴住居跡は新しい時代の竪穴住居跡に壊され、残っている部分が少ないです。

 

【溝跡の調査】

1-2区を東西に縦断する平安時代以後の溝跡(長さ約70m)を調査しています。写真手前から約50m付近で溝跡は曲り、なかからほぼ全身が残るウマの骨がみつかりました(下写真)。

 

【溝跡のなかからみつかったウマの全身骨】

足の部分は近代以後の耕作に関わる溝で掘り取られて残っていませんでした。なぜこの場所で発見されたかは興味深いところです。時代は平安時代以後としかわかりません。

 

【弥生時代中期後半頃の竪穴住居跡の調査】

1‐2区の千曲川寄りの場所で、弥生時代中期後半頃の竪穴住居跡がみつかりました。円形の竪穴住居跡で、中央の十字の壁は土の堆積を観察するために残したものです。小さなビニール袋は石器を作る際に出た剥片が出土したものです。竹串を立てながら位置を記録していきます。

 

【小型の勾玉がみつかった】

小さなヒスイ製の勾玉がみつかりました。二つとも糸を通す穴の上側のところで壊れています。この小さな勾玉はどのような人が身につけていたのでしょうか。

北信,塩崎遺跡群,調査情報

2014年7月7日

浅川扇状地遺跡群 平成26年度調査情報(3)

-市街地に眠る古代の遺跡-

調査開始より2ヶ月半が過ぎました。清林寺南側の地区では中世以降の調査面を終了させ、弥生時代の竪穴住居跡や古墳時代の溝跡がみつかっている面の調査を行っています。4区としたその南側の地区では今年度3ヶ所調査が予定されている地区の2ヶ所の調査を終了させ、残り1ヶ所の調査を開始しました。古墳時代の溝跡6条や、土坑がみつかっています。

 

【溝跡の調査風景】

溝跡は幅3~6m、深さ30~70㎝ぐらいあり、溝底付近からは大きめの土器の破片が出土しています。

 

【溝跡の測量作業】

掘りあがった溝跡を測量し記録していきます。

 

【出土した石製模造品】

古墳時代の溝跡がみつかった調査面から鏡形(かがみがた)の石製模造品が出土しました。今から1600年ほど前(古墳時代中期)のものと考えられます。このころは滑石(かっせき)製の鏡形(かがみがた)や剣形(けんがた)の模造品を使用した祭祀が流行していました。浅川扇状地遺跡群でも行われていたと考えられます。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2014年6月25日

大沢屋敷遺跡 平成26年度調査情報(1)

-大沢屋敷遺跡の調査が終了しました-

4月から実施していた春期分の発掘調査が終了しました。次回の調査は秋の予定です。大沢屋敷遺跡は東に流れる大沢川が形成した扇状地上にあります。これまで平成23~25年度に調査が行われ、縄文時代後期の遺物包含層と土坑(穴)群が確認されています。今回は、平成23年度調査地の東側に隣接する部分を調査しました。西側から続く遺物包含層が確認され、19基の土坑がみつかりました。土坑には、下部が外側に広がる形状(袋状)になるものもあり、貯蔵穴としての利用も推測されます。

 

【遺構の検出作業】

地盤の黄褐色土の上に、縄文時代後期の遺物を包含する黒色土が堆積しています。今回の調査では、住居跡はみつかりませんでしたが、包含層中の土器は上流方向から流れてきたと推測されるため、調査地の西方に当時の人々の集落があった可能性が高いと考えられます。

 

【土坑の調査1】

まず半分を掘下げ、土坑の形状や内部に堆積した土の様子を観察・記録して、残りの半分を掘下げていきます。

 

【土坑の調査2】

上写真の土坑をすべて掘り上げた状態です。この土坑は、直径80cm、深さ65cmで、下部が外側に広がる形状(袋状)です。クリやトチ、クルミなどの堅果類を貯蔵した縄文時代の土坑が各地で発見されていて、断面形が袋状となる例がしばしばみられます。この土坑には、堅果類は全く残っていませんでしたが、形状から貯蔵穴と推測しています。

北信,大沢屋敷遺跡(2020年刊行),調査情報

2014年6月16日

黒部遺跡 平成26年度調査情報(2)

-黒部遺跡の調査が終了しました-

4月から実施していました黒部遺跡の調査は5月末で終了しました。調査では住居跡や土坑といった遺構は検出されず、縄文時代の石鏃1点とわずかな土器小片が出土したのみでした。遺跡の中心は今回の調査範囲の外にあると考えられます。

 

【遺跡遠景】

遺跡北西の松川対岸から黒部遺跡を望む。

 

【道路拡幅部分の調査状況】

現道直下が地山の黄褐色土となり、遺構はありませんでした。石鏃(やじり)が1点と土器が数点出土したのみでした。

 

【確認調査の調査状況】

確認調査は、ほ場整備対象地に2mのトレンチ(溝)を22本掘って遺構や遺物の確認を行いました。遺構は検出されず、一部のトレンチでわずかに土器片が出土したのみでした。

 

【出土した石鏃】

黒曜石製の石鏃で先端部が欠損しています。

北信,調査情報,黒部遺跡・二ツ石前遺跡(2017年刊行)

2014年6月12日

壁田城跡 平成26年度調査情報(1)

-壁田城跡の発掘調査-

6月9日(月)、いよいよ発掘調査の始まりです。調査研究員2名と法面掘削作業員そして重機とで調査に入ります。急斜面を掘削して城跡にともなう遺構を探していきます。

 

【発掘開始式】

いよいよ発掘の開始です。屈強の作業員7名が集まりました。ケガのないよう、お互いに声をかけあって安全に注意し、発掘しましょう。

 

【調査地のようす】

一面、笹やぶに覆われています。

 

【調査地のようす】

笹を刈りながら、重機とともに少しずつ調査を進めていきます。

北信,壁田城跡(2016年刊行),調査情報

2014年6月2日

琵琶島遺跡 平成26年度整理情報(1)

-弥生時代の甕を観察する-

平成23~25年度にかけて発掘調査を行った琵琶島遺跡の本格整理作業を行っています。来年度の報告書刊行にむけて、掘立柱建物跡などの遺構図面を整理したり、出土した土器、石器を観察、分類し、実測図作成を進めています。今回は、その作業の中で改めて気づいた土器の文様について紹介します。

 

【土器の実測図作成作業】

弥生時代の甕を観察しながら、方眼紙の上に、実寸大の大きさで形や文様を描いていきます。文様の描かれた順番も大切です。

 

【弥生甕のつぶつぶ文様】

弥生時代中期後半、栗林式の甕の胴部に、連続的に棒状のものを押し付けた文様が見られます。その先端の内部をよく観察すると、細かな粒状の痕がギッシリと詰まった文様が観察できます。同じ時期の長野市南曽峯遺跡、松原遺跡でも、同様の文様を見つけることができます。簾状(れんじょう)工具の先端を押し付けた痕跡なのでしょうか?

 

【弥生甕のギザギザ文様】

もう一つの文様は、やはり栗林式の甕の胴部につけられたイモムシのような文様です。連続した刻みの内部は、等間隔に平行した線が走っています。柾目(まさめ)の木材の小口痕でしょうか?今後、つぶつぶ文様と合わせて、施文実験等も含めて追及していきたいと考えています。

北信,琵琶島遺跡(2016年刊行),調査情報

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