【3つの顔をもつ調査区-①舞台西、②北大原、③南大原-】
本年度は北西の①舞台西地区、②北大原(舞台東)地区、南東の③南大原地区の3つの調査区で発掘調査を進めています。いずれの地区も同じ南大原遺跡となっていますが、丘となっているリンゴ畑をはさんで西側と東側とにわかれ①舞台西から③南大原の距離は実走で1.4㎞近く離れています。また、標高はおよそ328~333mの間にあります。このため、各地区で遺跡の様相が大きく異なります。
1つの遺跡でも3つの顔を持っているとでも言えるのではないでしょうか。それでは、南大原遺跡の3つの顔を1つずつ見ていきましょう。
南大原遺跡 全景空中写真(西から)
【深いところに平安時代が… -①舞台西地区-】
今回の調査で最も西にある舞台西地区では、地表面から1.5mよりも深いところで平安時代(今からおよそ1,100年前)の集落がみつかりました。集落の中心は地面を四角く掘って作った複数の竪穴建物跡からなります。まだ竪穴建物跡の調査は始まったばかりですが、石組のカマドが良好に残り、真っ赤な焼土がみられます。このような保存状態の良さは、その後の千曲川による洪水堆積が厚かったので、後世の人為的な改変が及ばなかったためなのでしょう。早く全容を見てみたいものです。

舞台西地区 平安時代の竪穴建物跡調査風景と焼土検出状況
【平安時代の“ヒルズ”!?公開-②北大原地区-】
一方、舞台西地区の東側にあたる北大原地区では、地表面からおよそ30㎝下と浅いところから平安時代の集落がみつかっています。この集落も舞台西地区と同様に竪穴建物跡を中心とし、同時期とみられます。
竪穴建物跡からはカマド以外に柱穴、敲きしめられた床、割れていない土器など当時の生活を考える手がかりが多くみつかっています。
北大原地区は、すぐ東隣にあるリンゴ畑から続く高台に位置しており、いわば“ヒルズ”と言ったところでしょうか。
なお、北大原地区では7月16日(水)・17日(木)の2日間(10時~11時20分、13時30分~14時50分)で現地公開を行います。生の発掘調査の状況を職員の解説つきで見ることができます。ぜひ、ご参加ください。集合場所は南大原遺跡拠点プレハブとなります。当日は各所に案内看板が出ます。

北大原地区 平安時代の竪穴建物跡 調査風景
【弥生時代から平安時代まで大集合-③南大原地区-】
南大原地区は、今回の調査区で最も東側にあり、昨年度調査区の南側にあたります。
こちらの地区も北大原同様に高台にあり、地表面から浅いところから建物跡やお墓などたくさんの集落の形跡がみつかっています。その密度はほかの2地区をはるかに超えています。しかも平安時代だけでなく、弥生時代(およそ2,000年前) 、古墳時代(およそ1,700年前)など複数の時期のものが重なってみつかっています。このことから、南大原地区は、洪水の影響があまりない安定した土地で、連綿と人が住み続けられたのでしょうか。南大原遺跡の中心であったのかもしれません。

南大原地区 弥生~平安時代の竪穴建物跡調査風景

昨年度調査 南大原地区
弥生時代の玉作製品(穴をあける道具)※1目盛りは1mm