【弥生時代の建物跡も次々に発見-南大原地区-】
9月27日(土)に奈良~平安時代の集落を中心に現地説明会を行った南大原地区では、それよりも古い弥生時代の建物跡の調査を行っています。
弥生時代の建物は丸い形の竪穴建物跡で、その時期は中期(今からおよそ2100年前)にあたり、南大原遺跡の東側にある栗林遺跡の大規模な集落跡と同時期になります。
竪穴建物跡からは、弥生土器や石器のほかにネックレスなどに使われた玉製品も多くみつかっています。完成品のほかに作りかけのものもみつかっていますので、近くに玉つくり工房もあったようです。調査はもう少し続きます。今後の調査の進展が楽しみです。

弥生時代の竪穴建物跡 南大原地区
【高丘小学校6年生が発掘体験-南大原地区-】
10月1日(水)、中野市立高丘小学校6年生が南大原地区で発掘調査の体験を行いました。
埋蔵文化財センター職員らの指導を受けながら、移植ごて小さなスコップを手に持ち、弥生時代中期の竪穴建物跡の発掘を行いました。
みなさんは、はじめての発掘体験が新鮮だったようで真剣に取り組んでいました。時折、弥生土器片をみつけると歓声があがりました。このなかから未来の考古学者があらわれるのか楽しみです。

高丘小学校6年生発掘体験 南大原地区
【平安時代人の発見!!-舞台地区-】
舞台地区の東側では、平安時代(今からおよそ1000年前)の人骨が1体みつかりました。長方形の穴の中には頭蓋骨、上下顎骨と歯、脚部の骨が残っていました。このことから遺体は頭部を北に向け、手足を伸ばして横たわった状態であったと考えられます。なお、長方形の穴には木の棺があったものとみられ、その外側にはお供えとみられる素焼きのお皿が数枚重なってみつかっています。
人骨は通常、土壌の成分によって分解されることが多く、貝塚や洞窟などを除けば遺跡から良好な状態でみつかることはきわめてまれで、たいへん貴重な資料です。
墓跡はこの1か所のみです。このムラの有力者だったかもしれません。

平安時代のお墓 舞台地区 人骨の頭部(白い歯が目立つ)
【平安時代の大集落を公開しますー舞台地区-】
舞台地区では、平安時代の一般的な住宅である竪穴建物が60軒以上もみつかっています。その建物数は周辺地域では最大級です。また、今回の調査まで南大原遺跡ではその存在は不明でした。まさに幻の平安時代ムラの発見と言えます。建物の中からは、中野地域では数少ない近畿地方や東海地方で作られる緑釉陶器や東海地方の灰釉陶器、銅製品鏡・馬具など貴重な遺物も複数みつかっています。

平安時代の竪穴建物跡調査風景 舞台地区

東海地方の灰釉陶器 舞台地区
11月15日(土)には舞台地区の現地説明会を行います。普段は立ち入ることのできない現地で建物跡や出土品を間近で見ることができます。ぜひ、ご参加ください。