【中世の溝跡とそれに沿う2本の杭列がみつかりました】
市道町川田大門線南側の15T調査区で、幅約3m、深さ約40cmの中世(鎌倉時代~室町時代)の溝跡がみつかりました。
この溝跡はほぼ東西に走っており、東から西へ向かって傾斜しています。
また、溝跡の南側には、2本の杭列もみつかりました。中には打ち込みやすいように先端を加工したものも含まれ(写真下)、深さ1m以上まで刺さっているものもあります。今から500年以上前の人が削った痕だと考えるとワクワクします。
この溝跡は、川田小学校を中心に広がる川田氏館跡に関連する可能性があります。

15Tでみつかった中世の溝跡(真上から)

15T 溝に沿って並ぶ杭列
(杭を取り上げるために手前を掘り下げてあります)

打ち込みやすいように加工された杭の先端
【今年の調査で出土した遺物より】
羽口は、鉄などを溶かす鍛冶作業に使われる道具の一つで、鞴(風を送る装置)から炉の中に風を送る土製の管で、真ん中に空気が通る穴があります。炉に近い部分は、高熱で変色したり、鉄などが付着することがあります。

(参考) 千曲市清水製鉄遺跡出土 羽口
(長野県埋蔵文化財センター1997『清水製鉄遺跡』)

(参考)鍛冶作業の模式図
(作図:長野県埋蔵文化財センター 佐久市洞源遺跡現地説明会資料より)
川田条里遺跡では、過去に川田保育園(現認定こども園川田)の改築工事に伴う発掘調査で、羽口など鍛冶作業に関わる遺物が出土し、川田氏館跡周辺で、鍛冶作業などの生産活動が活発に行われていたと推定されました。
出土した羽口は、生産活動がより広い範囲で行われていたことを示す注目の遺物です。
【これからの調査の予定】
市道南側の調査区では、中世の調査が終了し、その下の水田調査を行っています。現在は、奈良時代頃と推定される水田の姿が見え始めてきました。
地元の皆様方に、今年の調査成果を見ていただく機会も、今後計画していきたいと考えています。