【南大原遺跡の発掘調査は最終局面!】
6月3日(月)から始まった発掘調査も現在最終局面をむかえ、多くの新事実がわかってきています。そのなかで今回は、弥生時代の南大原遺跡を特徴づける成果を紹介します。
発掘調査現場周辺は、大型重機をはじめ大型の車両が出入りします。また、調査区域内には危険な場所もありますので、許可なく立ち入らないようお願いします。発掘の見学を希望される方は、事前にご連絡ください。
皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。
【ものづくりのムラ玉づくり工房】
本遺跡は、2011~2013年と2019・2020年に当センターが、県道三水中野線改良工事に伴い発掘調査を実施し、弥生時代中期後半に鉄製品を加工したと考えられる工房跡がみつかり、注目を集めました。
今回の調査では、同じ時期の竪穴建物跡5軒、大型の土坑5基がみつかり、それぞれに玉管玉・勾玉づくり、石器づくり等のものづくりに関わる遺物が出土しました。
なかでも、管玉については、北陸地方で製作工程の研究が進んでおり、今回の出土品は、その製作工程それぞれに対応することがわかりました。

管玉の製作工程の一例 (①~⑧は下表と対応)

原石(緑色凝灰岩)

石鋸

研磨未成品⑥(多角柱体)

管玉(碧玉)

南大原遺跡の管玉製作関連遺物(赤字遺物は、実際に出土)
【これまでの確認調査の成果】
これまでの確認調査の結果、下図の①から⑤までの範囲が本格的な発掘調査(面調査)を必要とすることがわかりました。
①では、県道三水中野線改良工事に伴う発掘調査で弥生時代中期後半~後期及び古墳時代前期に属する遺構群が調査され、令和5年度の確認調査でも弥生時代中期後半及び平安時代に属する遺構群が検出されました。このため、従前より面調査が必要な範囲と認識されていましたが、今回の確認調査でそれがさらに北へ延びることが確認されました。
②からは、縄文・弥生・奈良時代の遺構群が検出されています。
③・④では、地表下1~1.5mで古代の遺構群が、④ではさらにその下0.6mから弥生時代後期の遺構がみつかりました。
⑤では、古代の竪穴建物跡が8軒みつかりました。遺構が見つかる層位は、西側に行くにつれ深くなり、最大で地表下1.5mを測ります。

遺跡全体図(作業進捗状況図)
【千曲川の流路の変遷】
各地区の堆積土層と検出された遺構の時期や出土遺物を観察した結果、右図のように青赤緑という順で千曲川の流路が変遷していたことが想定されます。弥生中期以前の千曲川の流路(青)は、北大原地籍の崖から大俣側の崖までの間を流れていたことが想定されるとともに、比高差約3mを測る北大原地籍の崖を形成するような流量を誇っていたことが想像されます。その後、弥生後期には流路が定まり(赤)、自然堤防が形成され、安定した土地に人々は生活を営み始めたと考えられます。

想定される千曲川本流の流路の動き

北大原地籍と鍋久保地籍を分かつ崖