【塩崎遺跡群の発掘調査が終了しました】
10月10日から始まった今年度の発掘調査は、11月29日に終了しました。塩崎遺跡群では、2013(平成25)年から2017(平成29)年にかけて、東側(千曲川側)の1区から西側(石川条里遺跡側)の3区に向かって発掘調査を行ってきました。今年度は最後に残された3区東脇の市道下の調査を行い、これをもって発掘調査は全て終了しました。長年にわたり皆さまのご協力をいただき、ありがとうございました。

塩崎遺跡群全体図
(国土地理院電子地形図1/25000を使用)
【今年度の発掘成果】
市道下という狭い調査区でしたが、掘立柱建物跡3棟・溝跡4条・井戸跡1基・土坑14基を検出しました。掘立柱建物跡は3棟とも3間×1間で、約4.5m×3mの規模でした。時期は弥生時代後期~古墳前期頃と考えられます。隣接する2区と3区からも、同時期・同規模の掘立柱建物跡が検出されています。当時の集落の景観は、居住域となる竪穴建物群が西側に向かうにつれてまばらになり、西端には倉庫(掘立柱建物跡)群が建ち並んでいたと考えられます。また居住域の東側には墓域、西側には水田域(石川条里遺跡)が広がっていました。

調査区の幅にピタリと収まって検出された掘立柱建物跡
現在の市道とちょうど同じ方向を向いています!

調査区の壁際で検出された井戸跡
【発掘調査のあゆみ】
塩崎遺跡群では弥生時代前期~中世までの遺構が検出され、多様な遺物が出土しています。発掘調査を通じて、約1,000年間(弥生中期~平安時代前期)にわたり千曲川の自然堤防上に形成された集落の姿が浮かび上がりました。現在はこれらの調査成果をまとめ、報告書の刊行に向けて整理作業を進めています。
【2013】 1区南側と2区東側の調査
・弥生時代初め頃の墓を発見、土器棺に東海地方の土器が使用されていた。
・弥生時代中期のヒスイ勾玉と原石が出土。
・弥生時代後期の墓から鉄剣を発見!
・遺跡東端で古墳や周溝墓(周りを溝で囲み、低い墳丘を築いた弥生時代の墓)を発見、古墳の周溝からウマの骨が出土。
【2014】 1区北側と2区東側の調査
・弥生時代中期の墓から小形壺と鉢が出土。
・弥生時代中期の玉作工房跡を発見。
・飛鳥~奈良時代の竪穴建物跡を多数調査、硯が出土。
・中世の溝跡からウマの骨約1頭分が出土‼
【2015】 1区北側・南東隅と2区の調査
・弥生時代初め頃の墓を複数発見、土器棺に東海地方の影響を受けた土器が使用されていた。
・弥生時代初め頃の貯蔵用の穴から石器が出土。
・弥生時代中期の墓を多数発見、玉類、石器、小形壺が出土。
・弥生時代の竪穴建物跡を多数調査、11mを超える後期の大形竪穴建物跡を発見!
・井戸跡を多数調査、底から完形土器が出土。
【2016】 3区の調査
・平安時代の竪穴建物跡から石製分銅を発見!
・水田域(石川条里遺跡)との境界にあたる遺跡西端で各時代の溝跡を検出。
【2017】 3区北東隅の調査

ヒスイ勾玉とヒスイ原石

古墳、周溝墓を望む(西上方から)

合計415軒の竪穴建物跡を調査

溝跡(中世)から出土したウマ骨

礫を敷き詰めた墓(弥生時代)

井戸跡(古墳時代)

石製分銅(平安時代)

土器棺(骨壺に使われた土器(弥生時代)
担当職員延べ52名、作業員延べ312名に上る大規模な発掘調査でした。
ご協力、ありがとうございました。
塩崎遺跡群発掘だより2024年度第24号(PDF:1.43MB)
※号数は調査開始時からの通算