Research調査情報

【調査情報】北信

2016年8月1日

ひんご遺跡 H28年度調査情報(2)

調査開始からおよそ2ヶ月、次々と縄文時代の集落が姿を現しています。

【作業風景】

遺物包含層(いぶつほうがんそう)の掘り下げの様子です。画面を横断するベルトの高さの分、縄文時代の包含層を掘り下げました。包含層にはたくさんの遺物が含まれています。


【遺跡の層序】

調査区西端の地層です。黒褐色の遺物包含層の上を灰黄白色の水成堆積層が1m以上溜まっています。


【敷石住居跡】

昨年から数えて4軒目の敷石住居跡が見つかりました。炉の部分から画像手前の出入り口部分に石が敷き詰められています。


【敷石住居跡の炉跡】

敷石住居跡の石組み炉。大きな石で四角く組まれています。炉の中には土器が埋められていました。


【炉跡2】

敷石住居跡とは別の住居の炉跡です。こちらは土器は埋められていますが、石はありません。


【配石遺構】

直径50cm程度の扁平で丸い石を小さな石で囲んでいます。周辺には多くの土器片があります。


【土偶】

土偶の胴上半部です。背中を上にして見つかりました。


【土器出土状況】

縄文時代後期の土器の出土状況です。


【石皿】

石皿の出土状況です。裏側には四角い脚がつけられています。1/2程欠けています。


【火焔型土器】

多くはないですが、火焔(かえん)型土器もあります。


【台付土器】

台付きの鉢あるいは深鉢です。

ひんご遺跡(2018年刊行),北信,調査情報

2016年7月21日

塩崎遺跡群 平成28年度整理情報(1)

塩崎遺跡群では平成25~28年度までの発掘調査で、約2,000点の骨が出土しています。大きいものや崩れやすいもの約20点は、発泡ウレタンで周りを固めて土ごととりあげて、センターに運び込みました。現在、ウレタンを取り除いて、中の骨が見える状態に戻し、台帳作成、鑑定等を進めています。

【発泡ウレタンの除去】

もろい出土骨を保護、固定していた発泡ウレタンを取り除きます。

【骨のクリーニング】

出土骨は土ごと取り上げているので、骨が見えるように、まわりの土を少しずつ慎重に取り除きます。

【古代のウマの骨】

きれいに土を取り除くと、古代のウマの肋骨(ろっこつ)が出てきました。このウマの骨は、12世紀頃の溝跡から出土しています。現代のサラブレットが体長約2.0mに比べると体長約1.6mと非常に小柄です。横田河原(よこたがわら)合戦(1181年)で、木曽義仲(きそよしなか)といっしょに活躍したウマもこんなウマだったのかもしれません。

【出土人骨】

動物骨だけでなく、墓を中心に人骨も出土しています。とくに頭蓋骨(とうがいこつ)からは、年齢、性別などの特徴や栄養状態なども推測できます。考古資料だけではわからない情報を多く含んでいるので、学術的にも非常に貴重です。

【計測や写真などの記録】

クリーニングが終わった骨は、大きさの計測、写真撮影などをします。こうした記録を台帳にして整え、保存処理や鑑定に備えます。

【骨の鑑定】

7月11日~13日の3日間にわたって、形質人類学や動物骨の専門の先生方に出土骨の鑑定及び今後の整理方法についてご指導いただきました。非常に貴重な資料が多いとのことで、今後の整理作業も頑張っていかねばならないとの思いを強くしました。

北信,塩崎遺跡群,調査情報

2016年7月13日

浅川扇状地遺跡群(三輪地区) 平成28年度整理情報(2)

土器実測図のトレス作業や遺物写真撮影のために土器に着色する作業を順調に進めています。



【土器実測図のトレス】

土器の実測図を報告書に掲載できるように製図ペンを使ってトレスしています。この後スキャナーで読み込み、パソコンで版組をしていきます。


【土器の着色】

石膏(せっこう)で補強復元した白色部分に、写真を撮影する時にハレーションをおこさないよう着色をしています。

北信,浅川扇状地遺跡群(三輪地区)(2017年刊行),調査情報

2016年7月13日

浅川扇状地遺跡群(桐原地区) 平成28年度整理情報(2)

今年度の本格整理作業が始まって3か月が過ぎました。
 前回お知らせした遺構図のデジタルトレス作業は順調に進んでいますが、7月からは新たに土器の実測作業が始まりました。

【土器の実測作業】

遺跡から出土した土器の形や文様土器製作時についた器面の調整痕などを正確に方眼紙に写し取っていきます。


【土器実測図】

弥生時代の土器の実測図です。左側は文様など外面の様子、右側は調整痕など内面の様子と土器断面の厚さを表現しています。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2016年6月23日

ひんご遺跡 平成28年度調査情報(1)

6/1に発掘調査を開始しました。今年度は主任調査研究員2名、作業員21名で9月末まで調査を行う予定です。

 

【表土掘削開始】

最初にバックホーで表土を取り除きました。深いところは2m以上掘り下げます。



【石皿発見】

早速、縄文時代の石皿をみつけました。




【調査の様子】

表土を取り除いた後、黒褐色の遺物包含層を掘り下げています。この地層に大量の縄文土器片が含まれています。



【縄文時代の土器】

縄文時代後期の土器出土状況




【蓋形(ふたがた)土器】

蓋形土器が出土しました。破損していますが、左上に把手(とって)の部分があります。



【土偶】

仮面土偶の頭部(額の上の部分)が出土しました。


 

ひんご遺跡(2018年刊行),北信,調査情報

2016年6月13日

小島・柳原遺跡群 平成28年度調査情報(1)

一般国道18号長野東バイパスの建設に伴って、今年度から発掘調査が始まりました。
 小島・柳原(こじま・やなぎはら)遺跡群は千曲川左岸の自然堤防から後背湿地に広がる遺跡です。長野市教育委員会による今までの調査では、弥生から平安時代の土器や石器等の遺物、竪穴(たてあな)住居跡や溝跡などの遺構が見つかっています。

【今年度の調査区】
今年度は、北八幡(きたはちまん)川をはさんだ南側と北側を調査します。ここは小島・柳原遺跡群の縁辺部にあたると考えられます。どのような遺構・遺物が見つかるでしょうか。

【開始式のようす】
6月8日から、作業員さん約20名、調査研究員2名で始まりました。暑くなってからの調査開始なので、熱中症には特に注意して安全に調査を進めたいと思います。

【トレンチによる調査】
北八幡川の南側に、最初のトレンチ(長方形の溝)を掘りました。その結果、数基の土坑(どこう)と平安時代から中世の土器の破片が見つかりました。

北信,小島・柳原遺跡群(2022年刊行),調査情報

2016年6月10日

「ねごや遺跡」報告書刊行しました

書名:琵琶島(びわじま)遺跡 壁田(へきだ)城跡 ねごや遺跡

副書名:一般県道豊田中野線建設事業埋蔵文化財発掘調査報告書―中野市―

シリーズ番号:112

刊行:2016年(平成28年)3月

 ねごや遺跡は壁田城跡の東側山裾部~低地部に立地し、平安時代前半期の土器が集中して出土しました。同時期の土のプラント・オパール分析をした結果、水田の存在は確認できませんでしたが、集落が存在する可能性は残りました。

【調査区遠景】

調査地点は、ねごや遺跡の南端部にあたり、新田(しんでん)と呼ばれている地区になります。壁田城跡の本丸から見ると南東側の位置になります。

【平安時代の土器】

低地部の遺物集中から、内面を黒くした土器(黒色土器)が出土しました。近くに、平安時代の集落跡が残っている可能性があります。

【縄文土器と弥生土器】

山すそ部からは、縄文時代早期の楕円押型文土器、弥生時代後期の壺の口縁部も出土しています。平安時代より古い時代の人びとの生活を知る手がかりとなります。

ねごや遺跡(2018年刊行),北信,調査情報

2016年6月10日

「壁田(へきだ)城跡」報告書刊行しました

書名:琵琶島(びわじま)遺跡 壁田城跡 ねごや遺跡

副書名:一般県道豊田中野線建設事業埋蔵文化財発掘調査報告書―中野市―

シリーズ番号:112

刊行:2016年(平成28年)3月


 壁田城跡は千曲川右岸の丘陵上に立地します。トレンチ調査を行いましたが、中世および近世の山城にかかわる遺構・遺物は検出できませんでした。当初、中世山城に関連すると考えた平らな面は、桑や果樹を栽培するために造成した畑地であることが確認されました。



【調査区中央遠景】

今回の調査は、壁田城の本丸から南へ約650mの地点にトレンチを入れました。

【丘陵頂部のトレンチ】

丘陵頂部をほぼ南北に走るトレンチでは、固い地山層の上に表土層が堆積(たいせき)していました。


【斜面部のトレンチ】

丘陵東側斜面部には、何段かの平らな面はありましたが、すべて近・現代の桑畑等の畑地造成にかかわる跡と考えられます。


北信,壁田城跡(2016年刊行),調査情報

2016年6月10日

「琵琶島(びわじま)遺跡」 報告書刊行しました

書名:琵琶島遺跡 壁田(へきだ)城跡 ねごや遺跡

副書名:一般県道豊田中野線建設事業埋蔵文化財発掘調査報告書-中野市-

シリーズ番号:112

刊行:2016年(平成28年)3月


 琵琶島遺跡は千曲川左岸の河岸段丘上に立地します。縄文時代草創期~後期前半、弥生時代中期後半、古墳時代前期~中期、平安時代の遺物が出土し、とくに弥生時代中期後半は栗林1式土器だけでした。栗林式土器のなかから、花序(かじょ:花のついた茎)で文様をつけた土器、破片の割れ口を再利用した土器片を抽出しました。

 

【琵琶島遺跡のかたち】

千曲川が最も大きく曲がる部分に遺跡は所在しています。河岸段丘上の遺構は、千曲川に沿う形で並んで見つかりました。



【周溝跡】

遺構では、竪穴(たてあな)住居跡2軒のほか、円形・馬蹄(ばてい)形の周溝跡3基を調査し、北陸地方との関係をつかむ要素が加わりました。

*解説

周溝跡は、中野市栗林遺跡、長野市松原遺跡等にも報告例がある「平地建物跡」(地表面と同じ高さの床面を持ち、周囲に溝が掘りこまれる特徴をもつ建物跡)に類似します。

【栗林式土器の壺】

琵琶島遺跡出土の遺物は、ほとんど弥生時代中期後半の栗林式土器です。完全な形に復元できる土器は多くありませんが、古い段階の栗林1式のほぼ単純型式の土器群です。

【ハンノキ属雄花序(ゆうかじょ)の冬芽の文様】

栗林1式土器の甕(かめ)・壺(つぼ)には、6種類の「刻み」文様がみられ、そのなかの5片の土器に「ハンノキ属雄花序の冬芽」を施した文様が見つかりました。(平成27年度整理情報(1)参照)


【ロクロガンナ出土!】

古墳時代中期の墓跡からは、県内で初めての「ロクロガンナ」が出土しました。木器の加工に使用したものと考えられます。(平成27年度整理情報(2)参照)

 

北信,琵琶島遺跡(2016年刊行),調査情報

2016年6月8日

二ツ石前遺跡 平成28年度調査情報(2)

約2ヶ月間にわたる発掘作業が、6月7日に終了しました。残念ながら、縄文時代の生活の跡や土器などは出土していません。遺跡は現在の河原と似たような地形にあり、唯一発見された石器は、川の流れによって他の場所から運ばれてきたと考えられます。今後は、二ツ石前遺跡の立地と地形の関係をモデルにしながら、高山村内の扇状地上に存在する遺跡がどのような広がりをみせているのかを整理していきます。


【巨大な石が出現したトレンチ】

調査区の一番東側のトレンチからは、巨大な石がたくさん出土しました。作業員さんと比べると、その大きさが一目でわかります。一番大きなものは、直径約80㎝でした。遺跡の北側を流れる松川の河原石とよく似ていることから、遺跡の所在する地形は川の作用によって形成されたと考えられます。


 

【トレンチ調査】

調査地のなかでも、耕作土の堆積(たいせき)が一番薄かった地点です。そのすぐ下は、大きな石がたくさん埋まっていました。




【土層断面図作成の様子】

重機で掘削したのち、精査したトレンチの土層断面を観察し、正確に記録に残します。


北信,調査情報,黒部遺跡・二ツ石前遺跡(2017年刊行)

2016年6月1日

石川条里遺跡 平成28年度調査情報(2)

一番東側で、中世の遺構が集中して確認できる場所の調査が進み、大きな掘立柱(ほったてばしら)建物跡や畑の畝(うね)の痕跡、井戸跡、溝跡が見つかりました。


【石川条里東側(1a区)の調査風景】

いよいよ本格的な発掘作業の開始です。見つかったさまざまな遺構を掘り進めています。(東側から撮影)


 

【整然と並んだ畑の畝の痕跡】

長さ約10m、幅約50㎝で整然と並んでいます。

 



【大きな掘立柱建物跡】

掘立柱建物の構造は3間×7間で、大きさは約6m×約13mあります。柱を立てた穴のそばに、調査をしている作業員さんたちに立ってもらいました。これらの柱の穴を掘り進めていくと、中から礎盤石(そばんせき)が見つかりました。

 

【見つかった礎板】

穴の底に直径30cmほどの平らな石が見つかりました。この石の上に柱を据えたものと考えられます。この場所に、どんな目的で、どんな建物が建っていたのでしょうか。


北信,石川条里遺跡(2024年刊行),調査情報

2016年6月1日

塩崎遺跡群 平成28年度調査情報(2)

検出作業が進むと、複数の溝跡が見つかりました。なかには、幅や深さが1m内外の溝跡もあります。水が流れた痕跡があるのかなど、さらに詳しく調べながら掘り進めています。溝跡のほかに、点在する竪穴(たてあな)住居跡、井戸跡、土坑(どこう)も見つかってきています。



【検出作業】

いよいよ本格的な発掘作業の開始です。

まずは、全員で遺構の検出作業をします。検出を進めると溝跡が見えてきました。
(写真左側に見える赤いラインは、検出された溝跡です。)


 

【幅の広い溝跡の掘り下げ】

上の写真とは別の幅の広い溝跡を掘り下げています。写真は、
断面がV字状になる溝跡上部を掘り下げたところです。溝跡の中央部には黒色土がたまっていて、更に深く掘りこまれていることがわかります。溝からは、弥生時代後期の遺物が出土しています。


北信,塩崎遺跡群,調査情報

2016年5月20日

浅川扇状地遺跡群(桐原地区) 平成28年度整理情報(1)

浅川扇状地遺跡群桐原では、調査を開始して6年目となりましたが、今年度は現地での発掘調査を中断して、本格整理作業を行っています。現在、発掘調査で作成した遺構図面を報告書用にデジタルトレスなどを行っています。

 

【遺構図のデジタルトレス】

発掘調査で記録してきた遺構図を報告書に掲載できるようにパソコンを使ってトレスして、その遺構図をページごとに割り付けていきます。


 

【遺構図版】

手書きの遺構断面図をデジタルトレスして、報告書用に版を組んでいきます。



【遺構写真の選び出し】

発掘調査で撮影した遺構写真のうち、報告書に掲載するものを選び出します。

北信,浅川扇状地遺跡群(桐原・吉田地区)(2021年刊行),調査情報

2016年5月11日

「南大原遺跡」報告書刊行しました。

書名:中野市 南大原遺跡

副書名:一般県道三水中野線建設事業埋蔵文化財発掘調査報告書

シリーズ番号:長野県埋蔵文化財センター発掘報告書111

刊行:2016年3月

 

-長野県内最古 弥生時代中期後半の鍛冶遺構-

弥生時代中期後半の栗林式期の竪穴住居跡を中心とした集落跡で、弥生時代後期前葉の吉田式まで集落が継続したと考えられます。竪穴住居跡の他、掘立柱建物跡と礫床木棺墓、木棺墓、土器棺墓、自然流路などの弥生時代中期後半の遺構が見つかりました。

弥生時代中期後半の竪穴住居跡の床面に炉跡とは別に火床が確認されるものがあり、鍛冶関連の石製工具類と考えられる台石・敲石・砥石、粘土塊などの遺物が出土しました。

長野県では類例が少ない弥生時代中期の鉄斧が出土しており、南大原遺跡で鉄製品を加工する鍛冶が行われていた可能性があります。

 

【遺跡全景】

当地域の弥生時代中期後半の栗林式土器の標識遺跡の栗林遺跡と低地(旧千曲川河道)を挟んで南大原の集落が営まれていました。



【弥生時代の鉄斧】

中期後半の鉄斧1点のほかに鉄鏃1点、後期の鉄鏃2点が出土しました。




【鍛冶遺構と考えられる火床】

この竪穴住居跡では、炉とは異なる火床が3か所見つかりました。火床の近くから鉄斧が出土しています。



【鍛冶関連の石製工具類と粘土塊】

台石、敲石、砥石、粘土塊などのセットは鍛冶遺構が見つかる弥生時代の遺跡から出土している場合が多いです。特に粘土塊は、竹を使ったフイゴの送風口に巻いた粘土などであると考えられます(兵庫県淡路市五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡などの遺跡参照)。




【弥生時代中期後半の土器】

長野県の北信・東信を中心に発見される栗林式土器の中でも、後半の土器群がまとまって出土しました。中には、矢印を描いた土器が1点出土しました。

 



【矢印を描いた土器】
栗林式の壺形土器です。4か所に矢印が描かれています(矢印文)。矢印は鳥を示したものなどの説があります。解明されていない弥生時代の謎の一つです。



北信,南大原遺跡(2016年刊行),調査情報

2016年5月10日

浅川扇状地遺跡群(三輪地区) 平成28年度整理情報(1)

浅川扇状地遺跡群三輪では、今年度末の報告書刊行に向けて4月から本格整理作業を開始しました。現在、発掘調査で見つかった遺構や遺物を図化する作業を行っています。


【遺構図のデジタルトレス】
発掘で記録した遺構の平面図や断面図などを報告書に掲載できるように、パソコンを使ってトレスをしています。


【土器の実測】
古代の竪穴建物跡から見つかった土器を実測しているところです。立体的な土器を方眼紙上に実物大で投影していきます。形だけでなく模様など細かい部分も記録します。


【土器の模様】
弥生時代の竪穴建物跡から見つかった土器の口唇部(口元)に模様が見つかりました。縄ではなく、何かを押し当ててつけられた模様だと思われますが、どのような工具を使ったのかわかりません。ほかにも同様の模様がついた土器があるかどうか、注意深く観察していきたいと思います。

北信,浅川扇状地遺跡群(三輪地区)(2017年刊行),調査情報

1 3 4 5 6 7 8 9 10 11 15