【平安時代の焼失した竪穴建物跡を発見!!】
調査区北側の鍋久保地区で平安時代(今から約900年前)の焼失した竪穴建物跡が発見されました(上の写真)。床面には焼け焦げた柱の木材が、崩れ落ちたような状態で広がり、炭化材の周りには壁材や屋根材と思われる土が焼けて固まってみつかりました。
一方で土器などの食器類がほとんど出土していないことから、急な火災ではなく、意図的に火がつけられた痕跡と考えられます。

焼失した建物跡(長さ5.5m×幅5m)
【壊されたカマドの意味は?】
平安時代の竪穴建物跡には煮炊きに使用した「カマド」が付属しています(左の写真)。カマドは建物の南東隅につくられ、扁平で細長い川原石(大きさ20∼30㎝)を芯材として組んで粘土で覆っていたと推測されます。
それらの石は本来の位置から抜かれたり、割られたりして、カマド周辺から出土することが多く引っ越しの時にカマドの機能を停止する儀式の痕跡ではないでしょうか。

カマドの芯材に使用された川原石の検出状況
【弥生時代の大きな穴みつかる】

調査区南の南大原地区では、大きな穴が3つみつかっています。時期はいずれも弥生時代中期(約1,900年前)です。このうち1つ(左写真の上)は東西に長い隅丸方形で長さ1.7×幅1×深さ0.3mの大きさです。穴の西側底面からは小形の壺や甕が重なっていて、その横には小穴内から鉢が出土しました。こうした状況から、土器をお供えした墓の跡と考えています。
これ以外の2つは隅丸方形で西側の穴は長さ2.4×幅2.2×深さ0.7m(左写真の左下)、長さ3.5×幅3.3×深さ1.0m(左写真の右下)と大きくてとても深い穴です。秋に収穫した穀物や木の実などを越冬用に貯蔵していたのかもしれません。

長方形の穴土器出土状況

正方形の穴掘削状況
【南大原遺跡現地説明会のご案内】
実施日時 令和8年11月7日(土)
全体説明 ① 10:00∼12:00 受付9:30∼
② 13:00∼15:00 受付12:30∼
内容 ・鍋久保地区の発掘現場で遺構や遺物などの説明
・鍋久保、南大原地区出土の遺物や写真パネルの展示と説明
・発掘調査の動画