Research調査情報

2026年7月28日

中野市 南大原遺跡 2026年度発掘調査情報(2)

【南大原地区で弥生時代後期(約1,800年前)の合わせ甕が出土しました】

 南大原地区では、重機による表土の掘削を終え、現在作業員による遺構の検出や掘り下げを進めています。これまでのところ、弥生時代中期(約2,000年前)と後期(約1,800年前)の集落の一部がみつかっています。今回は、2か所で全容がわかる形でみつかった弥生時代後期の土器を紹介します。一つは、穴の中に高さ約22㎝の甕(煮炊き用の容器)を横倒しにし、別の甕(高さ約20㎝)を合わせ口にして入れ込んでいます。甕の一部は割れてしまっていましたがほぼ完全な状態です。いずれの土器にも表面に波状の文様がつけられています。また、実際に調理に使っていたようで、表面にはススがついていました。

 

【壺も重なった状態で出土しました】

 もう一つは、穴の中に壺(貯蔵用の容器)を斜めにすえ、その上に別の壺の底部をかぶせています。壺の大きさは残っている部分で上部が高さ約16㎝、下部が高さ約36㎝です。

 通常、遺跡からみつかる土器は壊れて捨てられた破片の状態であることが多いのですが、この二つはほぼ完全な状態でみつかっています。このことから、弥生時代に埋められた土器と考えられ、墓などの用途が想像できます。今後は土器の中の土壌などを調べて、その実態に迫っていきたいと思います。

 

【南大原地区で過去に調査した環状土坑列の続きを確認しました】

 南大原地区では、第5次調査(2019・2020年)で、弥生時代中期後半から後期の祭祀場と想定される環状土坑列がみつかっています。今回はここに隣接する北東側を調査しています。環状の続きとなる土坑列が検出されました。また、それとは別の3つ目の列が新たにみつかりました。

 

【鍋久保地区で畑跡が発見されました】

 鍋久保地区の調査区南側では、南北約20m×東西約150mの範囲から黒褐色土と黄褐色土の帯がいく筋も連続した状況でみつかりました。黒褐色土の帯は作物を植えるため盛り上げた畝で、黄褐色土の帯は畝を作るために掘りくぼめられた畝間です。畑跡は、洪水等の砂にパックされた状態でみつかっています。

畑跡の完掘 南西から (人のいるところが畝間)

 

畑跡の断面

 

南大原遺跡発掘だより2026年度第2号(PDF:963KB)

カテゴリ:北信,南大原遺跡,調査情報