★令和6年度の発掘作業がはじまります
4月中旬から、松本市波田(はた)三溝(さみぞ)の真光寺遺跡(しんこうじいせき)の発掘作業がはじまります。発掘調査は、中部縦貫自動車道松本波田道路建設に先立ち令和3年度に開始し、本年度で4年目となります。これまでの調査では、飛鳥時代から奈良時代に築造された古墳や、中世以降の火葬かそう施設しせつ跡あと・土葬(どそう)墓ぼ・溝跡(みぞあと)・石列(せきれつ)などがみつかっています。

詳しい情報はこちら(真光寺遺跡発掘だより№1 PDFデータ:834K)

★令和5年度の調査成果 ~三溝地区の中世の様子~
昨年度の調査では、中世の火葬施設跡(かそうしせつあと)や土葬墓(どそうぼ)、中世以降の溝跡(みぞあと)や石列(せきれつ)、土坑(どこう)などがみつかりました。火葬施設跡からは焼けた骨片や炭化物のほか、銭貨(せんか)(中国の宋の時代につくられていた銭)や15世紀ごろの陶器(仏花瓶)(ぶっかびん)が出土しました。また、土葬墓からは人の歯や銭貨が出土しました。このほか、土坑などから16世紀ごろの内耳鍋(ないじなべ)(日常の煮炊き道具)もみつかり、三溝地区の中世の様子の一端がうかがえました。








































【古墳の周溝を発見】


SB3とした竪穴建物跡から、土師器と呼ばれる土器が大量に出土しました。器種は坏・埦・高坏などの食器や供膳具、煮沸具の甕、貯蔵具の壺などがあります。また、少量ですが須恵器も出土しました。
SB3では、カマドが2基確認され、作り直しがされたようです。新しく作られたカマドは、天井石をはずしてカマド前方に置き、その上に半分に割った甕を片方は内側を下に向け、もう片方は内側を上に向けた状態で出土しました。カマド廃棄時の祭祀の痕跡かもしれません。

古墳時代~平安時代後期以前の、洪水による砂層に覆われた二時期の水田跡が見つかりました。二時期ともに1枚100㎡未満の小区画で、少ない労力で田面を平らにし、水を均等にいきわたらせるよう工夫していたようです。
調査区西側の流路跡から古墳時代の土師器、須恵器、板状の木材などが出土しました。





