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2017年12月22日

小島・柳原遺跡群 平成29年度調査情報(5)

今年度の発掘調査が、11月30日で終了しました。竪穴(たてあな)建物跡15軒、土坑304基、溝跡15条、墓跡43基の調査を行いました。 地元をはじめ多くの皆様に、御理解、御協力をいただき本当にありがとうございました。

【平安時代の竪穴建物跡】

 この建物跡は一辺約6mと大型で、主柱穴以外に壁際に柱穴(図中)があります。遺跡内の他の建物跡とは大きさも構造も異なる建物であった可能性があります。昨年度、塔鋺形合子(とうまりがたごうす)が出土した竪穴建物跡も同じ特徴を持っています。

【古代瓦】

 奈良時代ころに製作された古代の平瓦(ひらがわら)の破片が出土しました。こちら側(製作時の外側)には、格子目叩きがわずかに残っています。

【古代瓦】

 同じ瓦の反対側(製作時の内側)です。全体に布の痕が残っているのがはっきりとわかります。

カテゴリ:小島・柳原遺跡群

2017年11月16日

山鳥場遺跡 平成29年度調査情報(4)

4月に開始した山鳥場遺跡の発掘作業は、10月末で終了しました。2年間の調査で、縄文時代中期後半から後期の竪穴建物(たてあなたてもの)跡16軒と柱跡などの穴が約120基みつかりました。朝日村をはじめ多くの皆様にご協力をいただき、誠にありがとうございました。

【縄文時代中期後半(約4,500年前)の集落跡】

遺跡は内山沢扇状地上にあります。写真で白く見える部分は内山沢から流れてきた砂礫です。洪水などで堆積した土の上に、ムラが営まれていました。(赤○印の部分は竪穴建物跡です。)

【建物の出入り口に埋められた土器】

出入り口部分に土器が埋められている竪穴建物跡が2軒ありました。こうした土器は、乳幼児などを埋めた祭祀施設であるという説があります。

【土器が敷かれた炉を発見】

3軒の竪穴建物跡で、炉の底に土器片が割り敷かれており、土器を外すと地面が焼けていました。 【土器が敷かれた炉を発見

3軒の竪穴建物跡で、炉の底に土器片が割り敷かれていました。土器を外すと地面が焼けている例もありました。

【炉にたまった土を洗う】

炉にたまった土を洗ったところ、炭化物や焼けた骨が混ざっていました。炭化物の中にはクルミの殻と思われる破片がみつかりました。

【炉からみつかった炭化物(クルミの殻と思われる破片)】

みつかった炭化物は今後分析に出し、当時の植物利用を検討していきたいと思います。

カテゴリ:山鳥場遺跡・三ケ組遺跡

2017年10月24日

柳沢遺跡 平成29年度調査情報(5)

4月10日に開始した本年度の発掘調査が終了しました。B・C・D区の3か所の調査を行い、縄文時代中期の炉跡(B区)、弥生時代中期の竪穴建物跡(D区)や水田用水路と思われる溝跡(C区)、弥生時代と平安時代の土器がまとまって出土した場所(C区)がみつかりました。

【H29年度調査区遠景】

柳沢遺跡は千曲川と夜間瀬川の東側に広がっています。今年度も築堤地点の隣接地を発掘調査しました。

 調査の詳細は

 現地公開資料PDF(231KB) をご覧ください。

【弥生時代の溝跡(南から撮影)】

平成18年の調査でみつかった弥生時代中期水田の用水路(次の写真参照)の続きと思われる溝跡です。水田の畔跡は確認できませんでしたが、溝を埋めていた土の中からは弥生時代後期の吉田式の土器の破片が数点出土しました。弥生時代中期に掘られた用水路は弥生時代後期には埋没してしまった可能性があります。

【弥生時代水田と用水路(北から撮影)】

平成18年に調査した弥生時代中期の水田跡です。人が立っているところが水田で、その左側に用水路が南北にのびています。長野県内では、柳沢遺跡のほかに、中野市川久保遺跡、長野市川田条里遺跡、千曲市更埴条里遺跡・屋代遺跡群などで弥生時代の水田や水路が確認されています。

カテゴリ:柳沢遺跡 

2017年10月11日

浅川扇状地遺跡群 平成29年度整理情報 (3)

今年度の整理作業も折り返し地点を越えましたが、引続き古墳時代の土器実測を中心に作業を進めています。また、実測と並行して土器一覧表の作成や古代以降の土器の観察と選別作業なども行っています。

【土器一覧表作成作業】

報告書に掲載する土器の出土位置や時代、壺や甕といった器種等を一覧表にしていきます。表現に違いがないか等細部まで確認しながら作成していきます。 

【土器の実測作業】

引続き古墳時代の竪穴建物跡や墓跡から出土した土器の実測を行っています。終了後は、古代の土器の実測作業に入っていきます。

【「和同開珎」の保存処理が終了しました!】

県立歴史館による応急的な保存処理が終了し、肉眼ではっきりと「和同開珎」の文字が読み取れるようになりました。センター展示室に展示してありますので、ぜひ足をお運びいただき、実物をご覧いただけたらと思います。

カテゴリ:浅川扇状地遺跡群(桐原地区)

2017年10月5日

山鳥場遺跡 平成29年度調査情報 (3)

発掘で出土した縄文時代中期後半(約4500年前)の土器を観察したところ、表面や裏面、割れ口に凹みが残るものがありました。凹みにシリコンを注入し、固まったシリコンを取り出して走査型電子顕微鏡で観察した結果、その凹みがダイズ、アズキ、エゴマの種の跡であることがわかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダイズの跡(長さ8.84mm、幅5.08mm)と電子顕微鏡の写真(右)】

野生種よりも大きく、栽培された可能性があります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アズキの跡(長さ6.72mm、幅3.60mm)と電子顕微鏡の写真(右)】

野生種と栽培種の中間の大きさで、栽培された可能性があります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エゴマの跡(直径2~3mm)が多く見つかった土器(左)と電子顕微鏡の写真(右)】

写真の土器をⅩ線撮影したところ土器の中にエゴマの可能性がある881点の凹みがあることがわかりました。この土器はエゴマを多く混じった粘土で作られたと言えます。

カテゴリ:山鳥場遺跡・三ケ組遺跡

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