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2016年12月13日

小島・柳原遺跡群 平成28年度調査情報(3)

今年度の調査が11月30日に終了しました。竪穴(たてあな)住居跡15軒、溝跡9本、墓跡26基、土坑370基以上など古代から近世の遺構を調査し、たくさんの土器や石製品、金属製品などの遺物が見つかりました。 地域の皆さんをはじめ多くの方々のご理解ご協力をいただき、本当にありがとうございました。

【西側上空から見た今年の調査地区】

北八幡川の北側の地区では、狭い範囲に平安時代の竪穴住居跡が10数軒集中していました。またこの竪穴住居跡を切った中世の大きな溝も見つかりました。

【中世の大溝】

南北方向にまっすぐのび、寺院などの区画と考えられる幅6m、深さ2mを超える大溝からは、五輪塔が多く出土しました。

【土器が集中して出土】

ある平安時代の竪穴住居跡カマドからは、土師器(はじき)や内黒8うちぐろ)土器、灰釉(かいゆう)陶器が30点以上集中して見つかりました。元の形に復元できそうな土器片が多く、今後の作業が楽しみです。

【終了式の様子】

6月に作業員さん19名、調査研究員2名で始まりましたが、終了時には作業員さん22名、調査研究員4名となりました。大きなケガ・事故もなく無事終了の日を迎えることが出来ました。

カテゴリ:小島・柳原遺跡群

2016年12月9日

山鳥場遺跡調査情報(3)

7月から開始した山鳥場遺跡の発掘調査は、11月末で終了しました。今年の調査では縄文時代中期から晩期にかけての住居跡や遺物が数多く見つかりました。朝日村をはじめ、多くの皆様に御協力いただき、大変ありがとうございました。

【中期の住居跡】

中期(約5000年前)の住居跡は8軒見つかりました。写真のように住居跡が何軒も重なって発見された地点もあり、同じ場所に数世代にわたって住み続けたと考えられます。

【中期の竪穴(たてあな)住居跡の大きさと形】

中期の住居の形は、ほぼ円形で大きさは約5~6mあります。屋根を支える柱は6本で、柱穴の直径は60cm前後あります。発掘に参加した作業員さんに柱の穴の中に立ってもらいました。住居の大きさが実感できると思います。

【中期の土器】

中期の住居跡からは、たくさんの土器が出土しました。この頃の松本や伊那では土器の表面に粘土ヒモで直線や渦巻を貼り付けて飾ることが流行しました。

【後期の住居跡】

後期(約4000年前)の住居跡は2軒見つかりました。このうち1軒は敷石(しきいし)住居で、床面に平らな石が並んでいることがわかりました。

【晩期の耳飾り】

晩期(約3000年前)は、耳飾りが3点出土しました。写真のものは直径が3㎝ほどあります。耳たぶに穴をあけてはめたようです。

【遺跡周辺からみた八ヶ岳】

八ヶ岳周辺には縄文時代中期のムラがたくさん発見されています。朝日村の縄文人も村々を介して遠方の人たちと交流していたことでしょう。

【発掘調査成果を順次公開しています】

*松本市キッセイ文化ホール2Fギャラリー展

 H28年12月1日(木)~26日(月)

 開館時間8時30分から17時15分

  (火曜日休 館、12・14日休館)

*松本合同庁舎1Fフロア パネル展

 H29年1月10日午後より10日間(予定)

(開館時間・休館日は合同庁舎と同じ)

*朝日村中央公民館 山鳥場遺跡報告会

 H29年1月21日(土)13時30分~15時

                 ☆ぜひお立ち寄りください!

カテゴリ:山鳥場遺跡,調査情報

2016年11月11日

塩崎遺跡群整理情報(2)

平成25~28年度までの発掘調査で塩崎遺跡群の東側である1区を中心に、底部に布目痕がついた土器が出土しています。隣接する昭和60年の長野市教育委員会の発掘調査(伊勢宮地点)でも、弥生時代中期の布目痕土器が出土しており、当地の弥生文化を考える上で、貴重な資料になりそうです。

【シリコンによるモデリングの道具】

布目の痕跡の観察をしやくすするため、シリコンで型をとって見ます。右からシリコンの印象材(緑色)、硬化剤(青色)とそれぞれのスプーン、型をとる布目の圧痕がある土器、シリコンをまぜる容器、手袋です。

【シリコンをまぜる】

シリコンの印象材と硬化剤をそれぞれ等量、手で30秒間よく混ぜます。

【シリコンをつけて形をとる】

よく混ぜて軟らかくなったシリコンを土器などの対象物に付けます。シリコンがなじんで固まるまで3分間待ちます。

【型がとれました!】

シリコンが固まったところで、剥がします。きれいに布目が取れました。展示用には、見やすいようにさらに着色します。展示にも出品する予定ですので、乞ご期待!

カテゴリ:塩崎遺跡群

2016年11月7日

柳沢遺跡調査情報(1)

今年度は、遺跡北端部の900㎡を発掘調査します。平成19年の築堤事業にかかわる調査では、銅戈・銅鐸の大発見がありました。今回の一連の調査では、遺跡の南北両端部分にあたる箇所を調査し、遺跡がどこまで広がっているかなど、その実態解明を行っていく予定です。

【高社山を仰ぎ見る調査区】

今年度の調査区は、柳沢遺跡の北端部にあたります。高社山に由来すると考えられる土石流の痕跡が各所で見られ、遺跡との関係が注目されます。

【倭小学校6年生が発掘体験をしました】

中野市立倭小学校6年生の児童が、発掘体験をしました。地域の歴史をじかに触れることができる貴重な体験をしていただきました。ベテランの作業員さんの指導を受けながら慎重に掘っていきました。

【柳沢遺跡を後世に伝える】

堤防脇には、銅戈・銅鐸の発見があった平成19年の調査成果を伝える遺跡解説板が設置されています。発見から9年、当時の感動を風化させることなく今に伝えています。

カテゴリ:柳沢遺跡 

2016年10月28日

山鳥場遺跡調査情報(2)

7月から始まった発掘調査も中盤を過ぎたころです。縄文時代中期(約5000年前)の集落跡の全貌が少しずつ見えてきました。

【縄文時代中期の竪穴(たてあな)住居(じゅうきょ)跡群】

矢印の部分が竪穴住居跡です。9月までの調査で5軒みつかりました。朝日村では山鳥場遺跡とほぼ同じころの集落である熊久保(くまくぼ)遺跡が調査されています。山鳥場遺跡から西へ1.8㎞程離れた場所にあり、ムラ同士の交流を予想することができます。

【発掘中の7号住居跡】

調査開始直後から土器が大量に出土したため、土器のある部分を残して掘り下げています。

【7号住居跡土器出土状況】

住居跡の中央付近から土器が集中的に出土しています。

【土器出土状況を近くで見る】

出土した土器の一部です。破片が多いですが、元の形を残した土器も出土しています。土器群の間からは石も一定量出土しており、土器と一緒に捨てられたと思われます。

【7号住居跡 完掘状況】

形は不整円形で直径は6m程です。手前に入口、中央やや奥に炉があります。住居の輪郭に沿って柱穴が並びます。壁際には板壁の痕跡とみられる穴が並びます。炉の周囲は石で四角く囲んでいたと思われますが、一辺を残して抜きとられた状態でみつかりました。

【土偶(胴体部分)】

7号住居跡からは、土器群とともに土偶も出土しました。胸の表現から、女性を象(かたど)ったものと思われます。

カテゴリ:山鳥場遺跡

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